2015年末、アセアン経済共同体が成立
アセアン(東南アジア諸国連合)は東南アジアの10カ国で構成される。1967年8月に創設され、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイの5カ国で始まった。その後、ブルネイ、ベトナム、ラオス、ミャンマー、カンボジアが加盟し、現在の10カ国となった。アセアンは、2003年の第9回首脳会議でアセアン経済共同体を中心とするアセアン共同体(AC ; ASEAN Community)の実現を打ち出した。それは、「2020年までに物品、サービス、投資、熟練労働の自由な移動に特徴付けられる単一市場・生産基地を構築する」構想で、アセアン経済共同体は15年までにアセアンが一つの経済単位として、自由に貿易、投資、労働力移動ができるようになることを目指すものであった。
15年に経済共同体が生まれるとは言っても、突然巨大な市場が出現するわけではなく、構想が始まって以降、様々な課題を解決しながら誕生を迎えることになった。
そのため、実際にはアセアン経済共同体では、既に進んだ面とこれからまだ自由化や制度整備を進めなければならない面に分かれる。例えば、モノに関しては、関税の自由化の面では先進アセアン諸国では100%近く終了している。しかし、まだ輸入についての非関税障壁がどの国にもあり、この非関税障壁の撤廃がなかなか進んでいない。また、サービス貿易の自由化も同様で、例えば、コンビニエンスストアやスーパーマーケットなどのサービス業の自由化では、むしろ逆行する動きもみられる。そして、資本の自由化、労働力移動の自由化は、これから始まるところである。
アジア第3の勢力が誕生
構想が打ち出された当初は、各国間の経済格差や利害対立など、アセアン経済共同体の実現には懐疑的な見方も多かった。それでもアセアン経済共同体が成立した要因には三つの外部条件の変化が考えられる。第1に、中国経済の急成長によりアセアンが一つにまとまることで対抗勢力を作る必要が出てきた。第2に、世界貿易機関(WTO)による世界規模での貿易の自由化が進まずに停滞した一方で、2国間、または地域ごとの自由貿易協定(FTA)が活発化した。第3に、08年の世界金融危機後に東アジア地域の経済協力基盤・地域協力の必要性が出てきた。そのため、アセアンの経済的統合の必要性が認識されたのである。また、各国の経済力が強化され、さらなる成長を目指す上でアセアンが一つにまとまることの有効性が認識されたことも、統一への動きを進める要因となった。アセアン経済は、アセアン経済共同体が成立し、一体化が進めば、世界的に見ても大きな勢力となる。それは、人口、GDPの規模、外貨保有額に端的に表れる。人口は、中国とインドの約13億人に対して約半分の6億人を超え、世界第3位。GDPの規模では、14年時点で日本の約半分で、アジアだけを見ても中国、日本に続く第3の勢力だ。14年の世界の外貨保有額は、中国が30%、日本が10%、アセアンは世界第3位の6%を占める。したがって、この時点で世界の外貨の約半分がアジアで保有されているのだ。
「中所得国のわな」脱出なるか
アセアン経済共同体を通じた経済発展で、避けて通れない問題が「中所得国のわな」である。中所得国のわなとは、中所得国のレベルで経済が停滞し、高所得国(先進国)入りできない状況をさす。低賃金の豊富な労働力を原動力に中所得国となった後、後発国の追い上げと人件費の上昇、先進国との技術ギャップで競争力を失い、成長が停滞する現象をいう。国際通貨基金(IMF)のRomain Duval博士などの定義によれば、中所得国は1人当たりGDPが2000~1万5000ドル(2005年固定価格購買力平価)の国が該当する。アセアンはシンガポール、ブルネイ、マレーシア、タイ、フィリピンの先発アセアンとカンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム(頭文字を取ってCLMVと称せられる)の後発アセアンに分けられるが、1人当たりGDPを基準に、さらに四つにグループ分けできる。IMFの調査に基づく11年の1人当たりGDPでみると、CLMVが1500ドル以下、フィリピンとインドネシアが3000ドル以下、タイとマレーシアが9000ドル以下、ブルネイとシンガポールが3万ドル以上となる。
国際協力機構、日本大学生物資源科学部と企業コンサルティング・アドバイザリー大手プライスウォーターハウスクーパースが共同で14年に行ったアセアンの成長率予測によれば、15~25年の1人当たりGDP成長率は、CLMVが8~9%、先発アセアンが3.5~6.5%であった。したがって、域内格差は是正され、ミャンマーとシンガポールの1人当たりGDPの格差は、61倍から36倍に縮小する。
とはいえ、25年の1人当たりGDPの水準は、CLMVではなお4000ドル以下にとどまる。また、フィリピンとインドネシアは7000ドル以下、タイとマレーシアは、タイが9734ドル、マレーシアが1万5056ドル、ブルネイとシンガポールは5万ドルを超える。つまり、シンガポールとブルネイ以外は、マレーシアを除き1万5000ドル以下の水準から脱することができず、中所得国のわなの範囲にとどまることになる。
この点に、アセアン発展のための課題があり、中所得国のわなを抜け出す対策が必要である。
発展に立ちはだかる六つの課題
アセアンの課題は六つある。(1)「高齢化」 中国が一人っ子政策を撤回して話題となったが、国際連合の人口調査によれば、アセアンでもシンガポール、タイは2020年までに高齢化に直面する。24年までには、ベトナム、ブルネイ、マレーシア、ミャンマー、インドネシア、カンボジアが、65歳以上の人口の全体に占める割合が7%以上となる「高齢化社会」へ移行する。シンガポール、タイ、ベトナム、ブルネイでは、32年までに65歳以上の人口の全体に占める割合が14%以上となる「高齢社会」へ移行する。
(2)「高等教育」 国際連合アジア太平洋経済社会委員会によれば、1000人当たり労働者に対する研究者数は、日本、韓国、シンガポールでそれぞれ13人を超えるが、マレーシアで4.53人、タイで1.6人、これ以外の全てのアセアンは1人以下である。
(3)「都市化」 アセアンでは都市への人口集中が25年までに急速に進む。都市人口は、1.4倍に増加し、52%の人が都市に居住するようになる。人口集中に見合う都市のインフラ、環境整備が必要となる。
(4)「ハードインフラ」 発展にともなうインフラ整備への資金需要が大きく、アジア開発銀行(ADB)の試算では、10~20年のエネルギー、交通、通信、上下水のインフラの資金需要はアセアン全体で1兆ドルを超える。インドネシアで4500億ドル、マレーシアで1880億ドル、タイで1730億ドル、フィリピンで1270億ドル、ベトナムで1100億ドルと試算されている。
(5)「ソフトインフラ」 交通、あるいは貿易円滑化など、ソフトインフラについても整備が必要である。13年の世界銀行のビジネス実施容易度ランキングでは、シンガポールが1位、マレーシアが6位、タイが18位だが、ベトナムが99位、そのほかの国は100位以下である。
(6)「所得格差」 国内格差が拡大する可能性がある。格差の指数の一つであるジニ係数は、40以上だと社会不安につながるといわれる。世界銀行の調査では、マレーシアで46(09年)、フィリピンで43(09年)、タイで39(10年)、インドネシアで38(11年)、ラオスで37(08年)、ベトナムで36(08年)、カンボジアで36(09年)と、ほとんどの国で、既に危険な水準に近い。
産業構造の高度化が重要に
域外からの投資、人口増加、グローバル化がもたらす成長は、終わりに近づきつつある。共同体によるさらなる発展は、市場化、内需拡大、社会発展にともなう成長へと転換する必要がある。そうしてこそ、中所得国のわなを克服することが可能になる。15年末に成立するアセアン経済共同体は、既に「モノ」の移動が大幅に自由化されている。