商業捕鯨再開の実現性
佐々木 19年6月30日にIWCを正式に脱退して、7月1日からすんなり商業捕鯨をスタートすることはできるのでしょうか。
森下 ええ、そうなると思います。ただ法的な問題や物理的な問題で、IWCを抜けたらなんでもできる、というわけではありません。200海里の排他的経済水域(EEZ)を定めている国連海洋法条約においても、EEZ内だからといって自由にできるというようになっているわけではない。あるいは、もう商業捕鯨をやる力が残っていなかったという話になるかもしれない。残念ではありますが、やはりビジネスですから、そうなったときに国が捕鯨産業の延命措置を取る理由はあるのか。取るとすればしっかりした国民的な合意がないといけないと思います。
佐々木 政府の補助金がなければ商業捕鯨として成り立たないとすると、国民の合意を得るのは難しいのではないでしょうか。
森下 そもそも調査捕鯨と商業捕鯨のコスト構造は全く違います。調査捕鯨が補助金を必要としたから商業捕鯨も必要というのは短絡的です。ただ、明日から突然、商業捕鯨解禁だから勝手にやってくださいというのはなかなか厳しいので、徐々に独り立ちできるように経過措置を取ることはある程度理解は得られると思います。
もし、補助金などの経過措置を取ったうえで、それでも採算に合わなくなってやめることになったとしても、それは関係者も納得がいくと思うのです。外から押しつけられて、自分たちのアイデンティティを捨てろと言ってやめさせられたわけではないからです。
佐々木 全てのビジネスに事業計画があるように、商業捕鯨を再開した後、何頭捕獲してどれくらい売れれば採算が取れるのかといった数字はまだ出ていないのでしょうか? ビジネスとして成立するかどうかは、蓋を開けてみたあとの需要によるのですか?
森下 私は需要の問題よりは、売り方次第だと思います。
佐々木 例えばどういうことですか?
森下 仮に、南極の調査捕鯨による鯨肉の供給がなくなっても、沿岸捕獲で調査捕鯨分を含めた今と同じくらいの頭数は捕れると仮定しましょう。輸入も合わせると、クジラの供給量は年間4000〜5000トンです。つまり、日本の国民一人当たりにすると年間40グラム程度です。これを全国のスーパーや東京で売ろうとすると、あまりに品薄で鯨肉を欲しい人も、探すのが大変だと思います。
そこで、私は、極論ではありますが、東京では売らない方がよいのではないかと問題提起しています。例えば、長崎とか下関だけでしかクジラを食べられないというような流通システムにしたらどうなるか。長崎の一人当たりのクジラ年間消費量は、今でこそ減少しましたが、それでも全国平均の4倍なんです。常にそこに行けば豊富に鯨肉があって、料理の仕方を知っている人たちがいて「あの町に行けばおいしいクジラが食べられる」という状況ができる。そうなれば、多分県外からもクジラ目当ての観光客が来て、コンスタントにかなり売れて、売る方としてもやりがいのある商品になると思うんですよね。
日本側の情報発信の問題
佐々木 私はいろいろなところで捕鯨に関する日本側の情報発信がよくないと言っているのですが、よく例に出すのがIWCの取材のときの経験です。2010年のモロッコでのIWCでは、プレスブリーフィングへ行くと、会見は全て日本語で、捕鯨賛成の日本人しか会場に入れませんでした。そして4年後にスロベニアでのIWCへ行ってみたら、今度は私も追い出されてしまいました。スロベニアのカメラクルーと会場に入ろうとすると、どこの報道機関に所属しているかと聞かれて「個人でドキュメンタリー映画を撮っています」と言ったら「退出してください」と。その理由が、「違和感があるから」で本当に衝撃を受けたんですね。国際会議で、日本がこれだけ批判の対象になっているのに、日本のマスコミとしか話さない。こうした対応は非常に問題があると思いました。外国メディアの記者たちは、日本政府の方にインタビューを申し込んでも断られると不満を漏らしていました。日本政府だけではなくて、捕鯨賛成国のアジアやアフリカの政府代表者のところへ行っても、話したがらないんです。
一方、欧米の反捕鯨国の代表者のところへ行ってカメラを向けると、誰もが気さくに話をしてくれるわけです。こういう状況だったら、反捕鯨国側のメッセージだけが拡散して捕鯨国側が不利になるのは当然ではないかと思いました。
森下 それについては、私も反論はありません。ただ個人的には、リクエストには全部答えるようにしてきたつもりなんです。日本の政府や組織は、外国メディアに対して被害者意識を強く持っているように思います。難しい質問をされて詰まってしまったり、あるいは外国メディアの批判的な記事を見たりして、もう二度と外国メディアには話すもんかという感じになってしまっている。
以前は私の名前で日本の捕鯨に関するQ&Aのペーパーを日本語・英語の両方で出したりしていましたが、それも偉い役人が「そんなのやる必要ない」と言ったら、私の意見は通りません。残念ですが、だんだんプレス対応がしっかりできなくなっていたのかもしれません。
佐々木 今回のIWC脱退についても、シー・シェパードは、自分たちのこれまでの妨害活動の結果として、日本が南極海から撤退することになった、と「勝利宣言」を出しました。くやしいけど、さすがだなと思いました。彼らのメディアの使い方は、見事です。日本が一生懸命正論を言って、科学的な事実を根拠に議論しようとしても彼らには敵わない。耳にすっと入ってきやすい言葉で、極論を言う人たちのメッセージが、ソーシャルメディアなどを通して早く広く拡散していくという、今はそういう世の中なんですね。