計算方法の改定で、歴史が大きく変わってしまったわけです。
──計算方法はどう変わったのでしょうか。
明石 計算方法の改定は、表向きには「2008SNA」という国際的な歳出基準への対応ということが強調されました。これにより、新たに研究開発費等の20兆円がGDPに加算されることになりました。しかし、もっと重要なのは、どさくさに紛れて国際基準と全然関係のない「その他」という部分でかさ上げがされたことです。改定前後の差額を大きく二つに分けると、「2008SNAによって生まれた差額」と「その他によって生まれた差額」がありますが、「その他」ではアベノミクス以降のみ平均5.6兆円の「かさ上げ」がされています。なお、アベノミクス以前については、かさ上げどころかかさ「下げ」されており、特に1990年代は平均してマイナス3.8兆円もかさ下げされています。
──「その他」とは何なのでしょうか。
明石 「その他」は計算方法改定から1年間、詳細な内訳表すら公表されませんでした。本来なら「何で分析してないの?」という話ですよね?
2017年2月に私がブログに書いたときには話題にもなりませんでしたが、2017年12月24日にBS-TBSの「週刊報道LIFE」がこの問題を取り上げることになり、内閣府がようやく「内訳表“に近いもの”」を急造して出してきました。
──どのようなものだったのでしょうか。
明石 内閣府は「持ち家の帰属家賃」「建設投資」「自動車(総固定資本形成)」「自動車(家計最終消費支出)」「飲食サービス」「商業マージン」を出してきました。しかし、これらの合計と「その他」の差額は最高で2.7兆円もあります。だから「内訳表」ではなく、「内訳表“に近いもの”」なんです。都合のいい項目を後から切り出して調整した可能性もあります。
──明石さんは「その他」でGDPが「かさ上げ」される現象を「ソノタノミクス」と呼んでいますね。
明石 気づいたきっかけは、新旧の差額の内訳表をグラフにして驚いたことでした。「これは大発見だ。これを明らかにしたら日本の株価が大暴落するのではないか」と思って、びくびくしながらブログに公開したのに、当時の反応はゼロでした。
──批判もなかったんですか?
明石 何もありません。完全スルーです。皆、「そんなこと、国がやるわけないじゃん」という思い込みがあったんでしょう。でも、森友問題、加計問題が発覚したことで、「あっ、この政権は公文書を改ざんしてまでやるんだ」という認識が世間にできてきた。最初は誰も信じてくれませんでしたから、ここまで来るのは長い道のりでしたね。
衆議院予算委員会で小川淳也衆議院議員が追及していましたが、第二次安倍政権になって、全部で53件の基幹統計の統計手法が見直されています。しかも、38件がGDPに影響するものです。さらに、そのうち10件は統計委員会への申請がなく、政権がトップダウンでやらせた見直しです。
これは、「いい点が取れないから採点基準を変えちゃえ」という発想です。「身長を伸ばすために身長の計り方を変えます」「靴を履いてもいいことにします」「背伸びしていいです」「つま先立ちもOKです」。本当にそういう感じのことをやっている。安倍内閣が成長戦略の一つに「統計改革」を掲げているのも、バカげていると私は思います。
現実を直視しない日本人
──明石さんは名目賃金伸び率のカラクリについても指摘していました。
明石 賃金については、2018年4月から算出方法を変えています。一部が違うサンプル同士をそのまま比べて「伸びました」と嘘の数字を公表しているわけです。賃金が下がれば消費が下がりますから、どっちもごまかそうとしている。そんないかさまをしても物価の伸びが上回っているので、実質賃金は全然伸びていないんです。
アベノミクスは開始から6年も経つのに、いまだに実質賃金は2012年の民主党時代の数字よりもずっと下です。食べ物が小さくなったり、値段が上がったりしたと感じるのは、アベノミクスが理由です。
──民主党政権時代の方が、まだ伸びていたんですね。
明石 別に民主党が優れた経済政策をしていたわけではありません。特に何もしてない。でも、経済は政府が大きく動いて、すごく急に良くなるものではありません。
賃金のかさ上げもそうですが、「かさ上げ」してもしょぼいのが「ソノタノミクス」の特徴です。
具体的に言うと、例えば2013年から2017年の5年間かけて、名目賃金は1.4%しか伸びていません。2018年は調査方法を変えるイカサマをしたので、1年で1.4%伸びましたが、物価が1.2%伸びているので、結局実質賃金は0.2%しか伸びておらず、ほぼ横ばいです。
難しく考える必要は何もありません。賃金と物価の推移だけをグラフにして、消費はこうなりましたと示せばわかる。アベノミクスの失敗は一つのグラフにまとまります。
──それでも皆がアベノミクスに異を唱えないのはなぜでしょうか。
明石 わかりやすいからでしょうね。国民は単純なんですよ。今までの選挙結果を振り返ってみると、小泉純一郎首相が「郵政民営化」と言ったときは、誰も意味をわかっていなかったけれども大勝しました。「政権交代」を叫んで大勝した民主党がダメになった後は、アベノミクスで大勝している。全部ワンフレーズで選挙の結果が決まっています。ワンフレーズポリティクスって、選挙に勝つためには正しいんですよね。
──日本人に、船が沈みかけている自覚はあるんでしょうか。
明石 私は「この船はいったん沈む」と思っていますが、その点に共感している政治家はほとんどいませんね。
──それでもまだ国家として存続しています。
明石 まだだませているということです。円の信用が続く限りは続きますが、世界に「日本、ダメだな」と思われたら、ドーンって行きますよ。人類史上最悪の恐慌が来るでしょうね。
──ものすごく悲観的な見方をしていますが、衝撃を和らげる方法はあるのでしょうか。
明石 ありません。財政再建の方法は緊縮と増税です。「死ぬほど痛い目に遭う」か「死ぬか」の二択という状況です。でもいくら説明しても理解を得るのは不可能でしょうから、私は財政再建を完全に諦めています。
──そんな状況の中、2019年10月には消費増税が予定されています。