東電は大型タンク貯留に関して、「敷地利用効率は標準タンクと大差ない」「雨水混入の可能性がある」「破損した場合の漏えい量大」といった点をデメリットとして挙げた。これに対する質疑や議論はALPS小委員会では行われていない。それにもかかわらず、ALPS小委員会の報告書には、この東電の説明がそのまま使われている。
大型タンクは、石油備蓄などに使われており、多くの実績を持つことは周知の事実だ。また、ドーム型を採用すれば、 雨水混入の心配はない。大型タンクの提案には、防液堤の設置も含まれている。
もう一つの「モルタル固化案」とはどういうものだろうか。
元プラント技術者で、この案のとりまとめ作業を行った前述の原子力市民委員会の川井康郎氏は以下のように説明する。
「モルタル固化案は、アメリカのサバンナリバー核施設の汚染水処分でも用いられた手法で、汚染水をセメントと砂でモルタル化し、半地下の状態で処分するというもの。利点としては、放射性物質の海洋流出リスクを半永久的に遮断できることです。ただし、セメントや砂を混ぜるため、容積効率は約4分の1となります。それでも800m×800mの敷地があれば、約18年分の汚染水をモルタル化して保管できます」(川井氏)。
敷地は本当に足りないのか
敷地をめぐる議論も、中途半端なままだ。ALPS小委員会では委員から、「福島第一原発の敷地の利用状況をみると、現在あるタンク容量と同程度のタンクを土捨て場となっている敷地の北側に設置できるのではないか」「敷地が足りないのであれば、福島第一原発の敷地を拡張すればよいのではないか」といった意見が出された。
前述の原子力市民委員会は、敷地の北側の土捨て場に大型タンクを設置することができれば、今後、約48年分の水をためることができると試算している。
問題は、現在土捨て場にためられている土を運び出すことが可能かどうかだが、東電はこの土の汚染状況を「数Bq/kg~数千Bq/kg(セシウム137で最大2200Bq/kg)」と説明している。これは現在、福島各地の仮置き場にためられている土と同レベルであり、土捨て場から動かせないレベルではない。
タンクを設置する敷地の拡大の可能性については、経済産業省は地元への理解を得るのが難しいとしている。
これに対して、本年1月22日、衆議院議員会館で開催された処理水の処分をめぐる集会にて、大熊町町議の木幡ますみさんは、「大熊町民で『汚染水を流すぐらいだったら自分の土地を使って置いておけばいい』という声が非常に多い」と発言した。
もちろん、地元への説明・理解は不可欠であるが、その努力をまったくせずに、「敷地拡大は困難」という結論を出すことは時期尚早だろう。
なお、東電が示している敷地利用計画は、使用済核燃料や燃料デブリの一時保管施設(8万1,000㎡)、資機材保管・モックアップ施設に加え、研究施設など、本当に敷地内に必要なのかよくわからないものも含まれている。また、使用済み核燃料取り出しの計画はつい最近最大5年程度先送りすることが発表されたばかりで、燃料デブリの取り出しについても、処分方法も決まっておらず、このままのスケジュールで取り出すことは現実的ではない。
「放出ありき」に反発強める漁業者
地元の漁業者は「放出ありき」の議論に、反発を強めている。
「漁業者を何だと思っているんだ、と思う。復興に向けて、せっかくここまできたのに、万が一のことがあったら漁業は壊滅的となる。漁業者や買受人、加工業者等の水産業者が廃業、転業などで去っていくことになりかねない」。小名浜機船底曳網漁業協同組合理事の柳内孝之さんはこう語る。福島県漁連の野崎哲会長も繰り返し反対の意思表示をしている。また、茨城沿海地区漁業協同組合連合会も2020年2月、汚染水を海に放出しないように求める要請を行った。これを受けて、茨城県の大井川和彦知事は、「海洋放出が有利」だとする有識者会議報告書の説明に訪れた内閣府担当者に対して「白紙の段階で検討し直してほしい」と述べている。
朝日新聞および福島放送が2月下旬に行った世論調査によれば、福島県の有権者のうち、処理水を薄めて海に流すことに57%が「反対」と答えた。また、福島県の地元紙である福島民報は、「本県沖や本県上空が最初、あるいは本県のみが実施場所とされるのは、さらなる風評につながり、絶対に許されず、認められない」(19年12月27日)としている。飯舘村村民で、元酪農家の長谷川健一さんは、「安全だと言うのならば、東京湾に流すべき」と発言している。しかし、東京湾に流すとなれば、東京の漁業者は反対の声を上げるだろう。
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私は、福島県いわき市の小名浜港や新地町の漁港を訪問し、この件に関して、漁業者の方々からのお話を聞くことができた。彼らの抱いている危機感は強い。共通しているのは、原発事故による打撃からようやく立ち直ろうとしてる最中、これ以上、放射性物質を海に流されてしまうことへの拒否感、長期にわたる影響への不安、たびたび反対の声をあげているのにもかかわらず、その声が聞かれないことへの怒りと不信だ。
「東京で消費する電気をつくるための原発が事故をおこし、それによって漁業がいためつけられている。汚染水が安全だというのならば、東京で流せばよい」。そういう声もあった。さらに「これは漁業者たちだけの問題ではない。日本全体の問題だ」という声も聞かれた。
こうした漁業者の切実な想いを私たちは真剣に受け止めるべきではないか。経済産業省は、「地元関係者の意見を聞く」としているが、前述の公聴会のときに漁業者を含む多くの人たちが海洋放出反対に反対し陸上保管を訴えたのにもかかわらず、結局は無視してしまったのではないか。
「時間切れ」でなし崩し的に、処理水の海洋放出に踏み切るべきではない。これは、漁業に大きな打撃を与え、漁業者の希望をくじくことになる。また、国際的な信頼も失うだろう。将来に大きな禍根を残す。
放射性物質は集中管理が原則である。大型タンクによる陸上保管案、モルタル固化案、敷地拡張案などを早急に検討すべきである。
ALPS(多核種除去設備)
汚染水からセシウムを含む62種の放射性物質(トリチウムを除く)の除去が可能とされている設備のこと。
燃料デブリ
原子炉の炉心が過熱し、核燃料や原子炉構造物などが事故により溶融し、冷えて固まったもの。
トリチウム
水素の同位体であり、放射線を出す放射性物質の一つ。原子核が陽子1個、中性子2個から構成され、「三重水素」とも言われる。 自然界では、宇宙線と大気中の窒素と酸素が反応することで発生し主に水として存在しているが、原子力発電による核分裂でも発生する。半減期は約12年。
排出基準を上回って
それぞれの核種の濃度を核種ごとの基準値で除し、その和が1を上回っていることを指す。
防液堤
設備・装置から油や薬品等が漏れ出した際に、その設備、装置以外の箇所に漏れ出ていってしまうことを防止するためのフェンスの役割をする堤のこと。
モックアップ施設
廃炉のために造られる原寸大の模型(モックアップ)施設