国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」(19年8月1日―10月14日)。その企画展である「表現の不自由展・その後」がきっかけとなって、さまざまな騒動が巻き起こった。一部作品の公開中止と再公開。そして文化庁の補助金不交付決定……映画作家・想田和弘さんはこの問題をどう見るのか、ご寄稿いただいた。
あいちトリエンナーレにおける企画展の一つである「表現の不自由展・その後」(以下、「表現の不自由展」とする)が、外部からの脅迫を受けて「危機管理上の正当な理由」によって中止された。それを受けて、トリエンナーレに対して交付される予定だった補助金7820万円が、9月26日、文化庁によって突然、全額不交付と決定された。補助金の交付を決定する採択をした外部審査委員への意見聴取を行うことなく、文化庁ないし文部科学省のトップの独断で決定されたようである。
この一連の事件は①「表現の自由」を脅かす問題であると同時に、②安倍晋三政権下で一貫して加速してきた「公共の解体と私物化」を象徴するような出来事であると、僕は考えている。本稿では、その2つの観点から補助金不交付問題を論じる。
あいちトリエンナーレは被害者である
まず再確認せねばならないことは、あいちトリエンナーレは「ガソリン携行缶持って館へおじゃますんで」などとテロ行為をほのめかした脅迫の被害者だということである。これは、いくら強調しても強調しすぎることはない。
10月8日からなんとか再開されたとはいえ、脅迫者や彼に共鳴する人々にとって、「表現の不自由展」が一旦中止に追い込まれたことは、それだけで大きな成果である。のみならず、文化庁は申請時に必要な情報を報告しなかったという手続きの不備を理由に、トリエンナーレ全体に対する補助金7820万円を全額不交付とした。中止された「表現の不自由展」に対する補助金は約420万円にすぎず、それ以外の展示はおおむね予定通りに行われたにもかかわらず、である。
これが前例として通用するなら、政府の補助金に頼る文化事業の主催者にとっては、大きな脅威となる。すでに交付が決まっていた補助金さえ取り上げられるなら、事業の開催を守るため、政府の方針に少しでも反しそうな表現はあらかじめ自己検閲しようとする力が働く。少なくとも、今後税金が拠出されるイベントでは、真に自由な表現をすることが、運営上の多大なリスク要因となることは間違いない。今回の文化庁の決定は、表現の分野に大きな萎縮効果を生み、事実上の検閲として機能するであろう。
また、脅迫者とその共鳴者の観点からすれば、文化庁の決定は望外の大金星である。なにしろテロ行為をほのめかしただけで、「表現の不自由展」を中止に追い込みトリエンナーレ全体に経済的ダメージを与えられたのみならず、日本中の文化事業から気に食わない表現を一掃できそうなのである。文化庁という役所は、今回明らかに「テロリスト」に加勢し、加担したと言える。共犯と言ってもいい。
今回の決定は、日本政府がこれまで取ってきた「テロ」に対する態度とも、整合性が取れない。
想像してみて欲しい。
たとえば、オリンピックの会場で「ガソリン持ってくぞ」という脅迫がなされ、競技が一部中止になったとしたらどうか。萩生田光一文科大臣の今回のロジックを適用するなら、日本政府はその競技に対する補助金のみならず、オリンピック全体へ交付予定だった補助金を、すべて引き上げることになる。
しかし、安倍政権がそうした措置を取ると信じる人は、たぶん誰もいないだろう。オリンピックに対して脅迫がなされた際には、安倍首相はおそらく「テロリストの脅しには屈しない」という決まり文句を述べて、警備を極限まで強化して対応するはずだ。なにしろオリンピックのための警備を理由に、国会では野党が猛反対した「テロ等準備罪(共謀罪)」を無理やり通した首相である。オリンピックは安倍首相の肝いり事業であり、脅迫によって一部の競技が中止になったとしても、補助金を不交付とすることなど到底考えられない。
問題は、オリンピックのためには「テロ等準備罪」まで新設して「テロの脅威」に備えた安倍政権が、なぜ、あいちトリエンナーレへの「テロリストの脅迫」に対しては、「テロリストの脅しには屈しない」という強い態度を取るどころか、逆に被害者であるトリエンナーレ側を厳しく罰する行為に出たのか、である。
ここに安倍政権の恣意的な意志を見出すことは容易である。
「『表現の不自由展』に慰安婦を表現する『平和の少女像』などが含まれていたことが、気に入らなかったのだろう」
本稿の大半の読者は、そう思わざるをえないのではないだろうか。
いずれにせよ、今回の文化庁の決定が、日本国憲法第21条で保障された「表現の自由」を脅かすものであることは間違いない。
<憲法第21条>
集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。