またトルコ軍もシリア領内に侵攻し、同国がテロリスト集団とみなすクルド人武装勢力と戦闘を続けている。
トランプは西側陣営の結束を弱めた
さていわゆる西側陣営にとって都合の悪いことに、欧米諸国の間の結束は自国優先主義を貫くトランプ大統領によって弱まる一方だ。2018年5月8日にトランプ大統領はアメリカ政府がイランとの核合意から離脱し、同国に対する制裁措置を強化することを明らかにした。
2015年にアメリカのオバマ政権がロシア、ドイツ、フランス、イギリス、中国とともにイランとの間で行った合意によると、イランは15年間にわたりウランの濃縮を行わないこと、低濃縮ウランの量を1万キロから300キロに減らすこと、ウラン濃縮に使われる遠心分離機の数を10年間は1万9000基から6104基に減らすことなどを受け入れた。この合意には、イランの核施設に対する部分的な査察も含まれていた。
イランの核開発プログラム凍結と引き換えに、アメリカや欧州諸国は同国に対する経済制裁を解除した。
しかしトランプは「この合意ではイランの核開発を止めることはできない。最悪の合意だ」と主張していた。
欧州諸国は、トランプの決定に強い失望感を表明した。ドイツのアンゲラ・メルケル首相は5月11日に「国連の安全保障理事会で全会一致で決議した合意を一方的に破棄することは、国際秩序への信頼感を傷つける。多国間主義は本当に深刻な危機を迎えている」と述べて、トランプ大統領の決断を厳しく批判した(※1)。メルケルは18年4月下旬にワシントンを訪れて、トランプ大統領に対し核合意を維持するよう求めたが、その努力は空振りに終わった。
メルケル首相はトランプの大統領就任以降、「我々はもはやアメリカを完全に信頼することはできない。自分たちの防衛は自分の手で行わなくてはならない」と語ってきたが、今回の合意離脱によって、欧州とアメリカの間の安全保障をめぐる信頼関係にさらに深い傷がつけられた(※2)。これは冷戦に勝った西側軍事同盟の凋落傾向を示すものだ。
トランプはこれまでも多国間関係の結束に亀裂を入れてきた。たとえば地球温暖化に関するパリ協定から脱退した他、中国などから輸入する鉄鋼とアルミニウムに関税をかけ始めた。彼はNATOについても「時代遅れの組織だ。他の加盟国が防衛負担額を増やさない場合には、アメリカは支援を減らすかもしれない」と示唆したことがある。
かつての東西冷戦の時代とは違って西側陣営が四分五裂の状態にあることは、プーチン大統領にとって思うつぼである。
今年ミュンヘン市内で行われたある会合でロシア人の学者が「最近ゴルバチョフ(元ソ連大統領)と話す機会があったが、彼は『現在の状況は冷戦の時代よりも悪くなっている』と語っていた」と述べた。確かにかつての西側陣営の盟主、アメリカが一貫した戦略を持たないまま自ら欧米間の絆を弱めているのは、グロテスクな現象だ。これは世界秩序の再編成を目指すロシアや中国にとっては渡りに船である。
偉大なロシアの復活をめざすプーチン
21世紀に入ってからのプーチン大統領の行動は、彼が「偉大なるロシアの復活」を目指していることを感じさせる。彼は05年4月に「ソ連の崩壊は20世紀最大の地政学的な破局だ」と語ったことがある(※3)。この言葉には、ロシア人たちが冷戦終結後に抱いた絶望と無力感が凝集されている。そしてプーチンの政策は多数のロシア人たちによって支持されているように見える。
現在のところ欧米とロシアの間には、本格的な交渉によって東西対立を打開しようとする動きは見えない。
「戦争になるかもしれない」という漠たる不安を抱いているのは、ロシア人だけではない。西欧でも年配の市民の中には東西間の険悪な雰囲気や各国でのナショナリズム、ポピュリズムの高まりについて懸念を強めている人が少なくない。
第二次世界大戦でのソ連の死者数は約2700万人、ドイツ、イギリス、フランス、イタリアの死者は約730万人にのぼる。欧州とロシアは夢遊病者のように戦争への道を歩む事態を避けることができるだろうか。