この、ミャンマーと欧米との関係悪化が同国の経済に悪影響を与えた。国外からの支援や直接投資は細り、市民生活を支える基礎的インフラの整備すら停滞した。だが、2000年代になると次第に変化が起きる。きっかけになったのは、アンダマン海(ミャンマー沿岸部を含むインド洋北東端の海域)のガス田からタイへの天然ガス輸出である。この天然ガス輸出がもたらす利益が軍事政権の財政を潤した。また、中国の台頭も軍事政権を助けたことはいうまでもあるまい。雲南省からインド洋へ抜けるルートとなるミャンマーに対し、中国は経済協力を急速に拡大させた。その結果、欧米の制裁にもかかわらず、軍事政権の財政に余裕が生まれた。2004年に首都がヤンゴンからネピドーに移転されたが、新首都建設もこうした財政的な余裕によって実現されたといわれる。
そうした政府財政改善の一方で、民間市場の発展には限界があり、市民生活の困窮は続いた。国内の就業機会に見切りをつけた国外への出稼ぎも急増し、主にタイとマレーシアには常に合法、非合法合わせて400万人ほどが労働目的で滞在していると言われた。経済発展が進む東南アジア諸国を尻目に、ミャンマー経済は停滞を余儀なくされた。こうした過去から、経済制裁が軍の行動を変える効果は限定的で、その最も大きな影響を受けるのは一般市民であるという教訓を国際社会は得ることになった。
2011年3月の民政移管がミャンマーを取り囲む国際環境を大きく変える。民政移管自体は、軍事政権下で起草された憲法を基礎とする軍中心の新体制への移行であった。だが、制裁の効果の薄さを認識し、対ミャンマー政策の転換を模索していた米国は支援に動く。さらに、新政権の大統領に就任したテインセインは、欧米からの制裁解除を目指して、国内の自由化とアウンサンスーチーとの和解を進めた。2012年には当時の米国大統領であったバラク・オバマが米大統領としてはじめてミャンマーを訪問する。ミャンマーの外交が開放路線へと転じた象徴的な出来事だったといえよう。その後、援助や国際機関による支援も本格化して、いわばミャンマーは「まともな途上国」になった。日本も支援を拡大し、ミャンマーは「アジア最後のフロンティア」として注目を集め、同国に進出する企業も増大した。2020年までに日本からの進出企業は433社に及んだ。
なぜ国際協調は行き詰まるのか
外交関係が約50年ぶりに転換してからわずか10年、アウンサンスーチー政権が成立してから5年、さらに発展の可能性が見込まれていたタイミングで今回、またしても軍によるクーデターが勃発し、ミャンマー情勢は混迷を深めている。
混迷の原因は軍にある。一方で大義は市民にあることは明らかだろう。そのため、欧米はかつての軍事政権に対して行ったように、再びミャンマー軍を制裁で追い込もうとしている。だが、協調的な圧力の動きは欧米を超えて広がっていない。多極化する世界が一枚岩になることはないのである。ミャンマーの政変に対する国際的な反応は、大きく3つに分けることができるだろう。
まずは強硬派である。米国、英国、欧州連合(EU)、国連がこの分類に当てはまる。米国は、クーデターからわずか9日後の2月10日にジョー・バイデン大統領自ら会見で、ミャンマー軍のクーデターを非難し、軍幹部に対する制裁と、ミャンマー政府の在米資産10億ドルの凍結を発表した。その後、軍の弾圧がエスカレートするにしたがって、制裁対象を軍系企業や軍幹部の家族、一部国営企業(宝石、木材など)にも拡大してきた。
英国や欧州連合も同様に、軍関係や軍に利益をもたらす国営企業に対象を絞り込んだいわゆる「ターゲット制裁」を科し、その網を次第に広げている。軍に対して批判的なメッセージを発しつつ、市民への被害を最小限にとどめながら、軍に対して経済的な打撃を与えることを狙ったものである。
国連もまた、クーデター直後からミャンマー軍に批判的なメッセージを送り続けてきた。だが、実効性のある制裁決議については、後述するように、中国とロシアの反対があって実現には至っていない。国連には紛争状態にある勢力間の仲介役を果たす役割もあるが、ミャンマー問題を担当する国連特使は、いまだにミャンマーへの入国が許されていない。これは、人権問題やロヒンギャ問題(2017年には約70万人のロヒンギャがバングラデシュに流出)で長年、国連機関から批判を受けてきた軍が、国連に強い不信感を抱いているからである。
第2に、こうした制裁の動きに反対する立場がある。中国、ロシアがこれにあたる。中国は歴史的に軍との関係が深い。またスーチー政権期の特に後半、中国とミャンマーとの関係は親密なものになっていた。2020年には習近平国家主席がミャンマーを訪問し、スーチー政権二期目に向けて投資や経済協力の拡大が見込まれていた。その矢先でのクーデターだった。実際、中国外相はクーデター後の混乱を歓迎していないと発言していて、これは字義通りと理解しても問題ないだろう。
ただ、歓迎していないとはいえ、中国とミャンマーは2160キロの長さの国境を接する隣国である。中国としては、ミャンマーが国家として不安定化するような事態は避けたいはずだ。また、ミャンマーは、北朝鮮のような地域安全保障上の脅威になっておらず、内政不干渉という中国外交の原則を変えるほどの事態でもない。さらに、民主主義や人権を盾に圧力をかける欧米に対しては、自国の国益から強く抵抗する。国連安保理では一貫してミャンマーへの制裁には消極的な態度を示し、国連総会でもミャンマー向けの武器禁輸などに関する決議(6月18日)で投票を棄権した。
ロシアもまた武器取引を通じたミャンマー軍との長年の関係と、欧米の介入に対する警戒から現状追認に傾きつつある。これを機に軍事的な協力関係を深めようとしているようにも見える。欧米との対立を覚悟しながらも、中国への依存を避けたいミャンマー軍にとってロシアというオプションは魅力的だ。6月下旬には、ミンアウンフライン将軍がモスクワを訪問。約1週間の滞在中には防衛協力強化のための会合が開かれたほか、新型コロナウイルスのワクチン提供についても合意がなされたと報じられる。ロシアはミャンマーの国際的な孤立をむしろ好機とみているようだ。中国同様に、欧米と圧力の面で連携する意思はない。
第3に、軍への働きかけを重視するグループがある。主にASEAN諸国である。なかでもインドネシアはクーデター直後からミャンマー軍に調停案の提示を試みるなど、事態収拾に直接乗り出す構えを見せていた。だが、域内の大国インドネシアとはいえ、一国の力でミャンマー軍を変えることはできない。そこでASEAN全体で事態打開のために働きかける動きがでてきた。