石丸 北朝鮮は、コロナが始まって自分たちで国境を完全にふさいでしまいました。貿易が95%減になって経済はガタガタになり、2022~23年には、多くの人が亡くなっています。そういう中で、ウクライナに侵攻するロシアに対して、2022年11月から金正恩政権が武器弾薬を売り始め、2024年には、ほぼ軍事同盟と言っていい軍事協力条約を結びます。2017年以降、史上最強ともいわれる安保理の経済制裁を受け、2019年にハノイでトランプ政権と決別してから孤立していた金正恩政権にとっては、奇跡的と言ってもいいぐらいの助け船が現れたわけです。
徐 国境がふさがれた今、北朝鮮住民の統一への意識に影響を与える材料として、統一について金正恩が何を言ってるかという点があります。金正恩は、2023年12月には韓国との関係について、同じ民族ではなく「敵対的2国家」であるとし、2025年9月には、「もう断じて統一は不必要だ」と明言しました。これは、韓国へのメッセージであると同時に、北の内部の住民たちへのメッセージでもあります。
西岡 北朝鮮では韓国ドラマを流布したら死刑、視聴したら監禁・拘束する、という法律(「反動思想文化排撃法」2020年)までできましたね。
石丸 そうですね。金正恩政権はすべての住民と組織に対して、「もう韓国とは完全に関係を断つ」「韓国ドラマも見るな」と。いわば「断韓宣言」です。すでに2019年あたりから、教育でもそれまでの「民族統一」、「わが民族同士」の内容から愛国教育へと重心が移っています。国旗をつけたTシャツを学生たちに着せて「我が共和国万歳」というのをしきりに学校でやるようになった。
こうした背景にあるのは、この25年間で北朝鮮の人たちの韓国観・統一観が大きく変化したことがあるでしょう。私は、北朝鮮で大飢饉が起きた1997年から数年間、中国の延辺朝鮮族自治州で北朝鮮から越境して来た数百人に取材をしました。当時、彼らはまだ「統一だけが生きる道」だと言う金日成(キム・イルソン)時代からのプロパガンダを、かなりの程度で信じていました。「米国と韓国が統一させないから我われは苦しいのだ」というわけです。しかしその後、朝中国境を通して入って来る韓国情報、とりわけ韓国ドラマの影響で、北朝鮮の人たちは韓国に対して憧れを持つようになりました。そして、2000年に金大中(キム・デジュン)さんが平壌を訪れて、金正日(キム・ジョンイル)さんと握手して、韓国による協力・支援が始まります。それによって北朝鮮の人たちの韓国への敵対意識は見事に溶解したんです。その後2010年くらいまでに、「朝鮮民主主義人民共和国は必要なのか? 大韓民国でいいじゃないか」というように意識の変化が起こります。豊かで自由に暮らせることが一番大事、金正日の労働党政権でなくてもいいではないかという空気が、富裕層から庶民に至るまで広がったわけです。これは、北朝鮮の為政者にとってはきわめて由々しき事態です。韓国と付き合うこと自体が体制危機につながっていく――「断韓宣言」は、金正恩体制の生き残り戦略なんです。

娘の金主愛(キム・ジュエ)を連れて軍事演習を視察する金正恩(2026年3月19日)
韓国の「平和的2国家」
西岡 徐さんの本では、金正恩の「敵対的2国家」に対して、韓国側にも「平和的2国家」論があったと紹介されています。金大中政権以来の「包容政策(いわゆる太陽政策)」では、韓国側の南北の経済格差が決定的となる中で南北交流をすることで、北側に質的な変化を起こそうとしてきました。韓国ではいろんな努力をして北朝鮮にアプローチをしてきたけど、「統一というアプローチはもうあかん」という諦めから2国家論が出てきたんですか?
徐 韓国では、統一の限界に気付いていたんです。つまり統一というのは、北がなくなるか、南がなくなるかのどっちかしかない。それを突き詰めると戦争になってしまうかもしれない。だから、今は「反国家団体」と規定している北朝鮮を、「独立国家」として認めて、交流をできるようにしようというのが「平和的2国家」の考え方です。韓国では、金正恩が「敵対的2国家」を打ち出す前から、こうした提案がなされていました。
石丸 南北が「2国家」になって、お互いが国交を結べば交流が進んで、また融和の道に行くんじゃないかというのは、私は納得がいかない部分です。なぜなら、金正恩さんが強く主張しているのは、2国家論ではなく断韓だからです。今、彼は、娘を頻繁に登場させて、一族支配体制を維持するために4代世襲をやるというメッセージを国内外に送っています。実際に娘が後継するかどうかはともかく、4代世襲のために、社会から韓国の存在を可能な限り消そうとして戦略的に「断韓」をやっていると私は見ています。なので、2国家になれば交流できる、というのは飛躍があると考えます。多分、大韓民国と国交を結ぶときは、北朝鮮が、軍事・経済的に相当な自信を持ったときでしょう。それは、いつのことになるか……。
西岡 例えば、韓国が2国家として南北が認め合うというアプローチをとるとしたら、どのような制度的な問題が考えられるんですか?
徐 韓国の現行憲法(1987年)では、第3条に「大韓民国の領土は韓半島とその付属島嶼(しょ)とする」とあって北側も韓国の領土だとしています(ちなみに、北朝鮮の憲法には領土条項がありません。金正恩は今まさに領土条項をつくって、それによって南がこれ以上踏み込んでこないラインをつくろうとしています)。