できたDDS製剤の大きさを計測してみたところ、直径約50ナノメートルで、これはちょうどウイルスと同じ大きさでした。そこで、これを「薬を運ぶ人工ウイルス」と名付けました。84年のことです。
これを使って動物実験を行ってみたところ、がん細胞に集中的に届くことが確認されました。しかも、それとほぼ同じ時期の86年に、がん細胞に関する重要な概念が、当時熊本大学の教授らによって提唱されました。それが、既述のEPR効果というわけです。
最終的には、直径20~50ナノメートルの範囲が、DDS製剤として最適なサイズであることが分かりました。
将来は「体内病院」も可能に?
2009年には、DDSの実用化を目指すプロジェクトが、内閣府の「最先端研究開発支援プログラム(FIRST)」に採択され、14年3月までの約5年間の期限の中で臨床開発を加速させることができました。その成果の一つが、ナノカプセルの中に造影剤を封入させたこと。DDSでナノカプセルに封入できるのは、何も抗がん剤だけではありません。脳腫瘍などの画像診断に使われる「MRI(核磁気共鳴画像法)」では、造影剤としてガドリニウムという物質を使っています。そこで、ナノカプセルにガドリニウムを封入しMRIで見てみたところ、微小ながんの描出に成功しました。
加えて、ガドリニウムは外から中性子線を当てると、エネルギーを吸収してガンマ線を放出します。つまり、この物性を利用すれば、がん細胞の検出・診断と放射線治療を一度に行うことができるのです。
具体的には、まず、ガドリニウムを封入したナノカプセルとMRIを使って、がん組織を描出します。次に、そのがん組織に対して、ピンポイントで中性子線を当てます。すると、ガドリニウムからガンマ線が放出され、それにより組織中のがん細胞のみが死滅するというしくみです。マウスによる動物実験の結果、高い効果が確認されており、こちらも、3~5年以内の実用化を目指していきます。
また、DDSの核酸医学への応用も進めています。これは再生医療の一種で、抗がん剤の代わりに、遺伝子やメッセンジャーRNA(mRNA)など核酸をナノカプセルに封入しようというものです。マウスによる実験では、組織の再生を担うmRNAをナノカプセルに封入し、マウスの細胞に投与したところ、mRNAに基づく炎症を全く起こすことなくたんぱく質を生成。組織の再生に大きな効果があることが確認されました。
さらに、現在はFIRSTプログラムに続き、文部科学省の「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)」に採択され、15年4月に神奈川県川崎市にオープンした川崎市産業振興財団のナノ医療イノベーションセンターで、「体内病院」の研究開発にも取り組んでいます。
体内病院とは、ナノカプセルにさまざまな機能を付与したウイルスサイズの「ナノマシン」を体内に投入することで、ナノマシンが体内を巡回し、24時間365日、がんなどの病気を検出、診断、さらに治療まで行ってくれるというもの。20年頃をめどに、研究開発を進めています。
このように、DDSは医療に革新をもたらすと考えられています。1日も早い実用化を目指し研究を進めているところです。