しかし、「性交同意年齢」(性交に同意できる能力があるとみなされる年齢の下限)が13歳のままであったり、もともと私たちがいちばんの問題としていた「暴行脅迫要件」(加害者による暴力や脅迫によって、被害者が抵抗できなかったことを立証できなければ罪に問えない)の撤廃などはなされませんでした。ただ、「3年後の見直し」という「附則」をつけてほしいという、私たちの要望はなぜか通ったんです。つまり、刑法では非常に珍しいことなのですが、3年後の2020年にもう一度、刑法改正の内容を見直すかどうか、検討がなされるということです。
とはいえ、私たちが何もしなかったらこのままになってしまう可能性が非常に高い。これは2020年まで運動しなくてはいけないということで、Springを立ち上げました。
性暴力の本質は「同意」の問題にある
――なるほど、山本さんたちがどういう活動をされているのかよくわかりました。現状の刑法の問題点を整理させてください。2017年の法改正で積み残された問題はたくさんあると思うのですが、今後、Springが最も力を入れる問題は何でしょうか。
山本 まず一つ目に、私たちが提案するのは、不同意性交等罪の新設です。現行法の刑法177条は、「13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。13歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。」というものです。
ここの「暴行又は脅迫を用いて」という箇所を、「同意なく、もしくは明示的な意思に反して」と変えることを提案しています。その人の同意なく性交してはいけないんだっていうことを、社会のルールにすることが大事だと思います。
「同意」の問題が、やはりいちばん重要です。性暴力被害者たちは、自分の意思が無視されることによって無力化させられる。これが性暴力の本質です。同意がない性交は、人をとても傷つけ、心身を大きく損ない、さらに、被害者は生涯にわたって影響を受ける。そのことをすべての人が認識してほしいです。
暴行脅迫要件、つまり「暴行又は脅迫を用いて」――この部分をなくし、「同意なく、もしくは明示的な意思に反して」と変えた場合、冤罪を生みやすくなるとの指摘もあります。ただ、「同意なく、もしくは明示的な意思に反して」ということを性犯罪の成立要件としている外国では、犯行時および犯行後の被害者・加害者双方の言動だけではなく、犯行に至る過程や、加害者が優位な立場を利用したか等々から、同意か不同意かを見極めています。
二つ目が、時効の撤廃です。現行法は、強制性交等罪は10年、強制わいせつ罪は7年を過ぎたら加害者に罪を問えないことになっています。しかし、私自身もそうだったのですが、性暴力に対する反応である「解離」(特定の場面や経験から心を防御するために、記憶が消えた状態などになること)のために、被害者は被害を認識するのにとても時間がかかります。記憶が蘇ってからもPTSD症状によって、加害者をすぐには訴えることができず、時効となってしまいます。
諸外国では未成年時の被害の場合は時効停止とされたり、イギリスでは年齢を問わず性犯罪に時効はありません。殺人罪と同じように、時間が経ったからといって許される罪ではないことを社会の共通認識にする必要があるのではないでしょうか。被害者に、何年経っても訴えていいのだという選択肢があることが重要です。
被害を被害と、犯罪を犯罪と規定できる社会に
――2019年3月には、性暴力をめぐる無罪判決が立て続けに4件出て、しかも、そのうち名古屋地裁岡崎支部の判決は、実の父親が中学生の頃から長女に性的虐待を続けてきた事実は認めながらも、「被害者が服従・盲従せざるを得ないような強い支配関係にあったとはいえない」として無罪になりました。また、これらの判決をきっかけに全国で、性暴力に抗議する「フラワーデモ」という運動が広がっています。山本さんはこの動きをどうご覧になっていますか。
山本 これまでたくさんの同じようなケースを見てきたので、3月はまたこういう判決が出されてしまったのか、という思いでした。
一人の性犯罪加害者は生涯380人もの被害者を出す、という試算
『性暴力の理解と治療教育』藤岡淳子著(誠信書房、2006年)
2019年3月には、性暴力をめぐる無罪判決が立て続けに4件
2019年3月12日 福岡地裁久留米支部:準強制性交等罪、同年3月19日 静岡地裁浜松支部:強制性交等致傷罪、同年3月26日 名古屋地裁岡崎支部:準強制性交等罪、同年3月28日 静岡地裁:改正前刑法での強姦罪。いずれも無罪判決となった。(一般社団法人Spring作成資料私たちが望む法律」より)