ロシアのウクライナ侵攻により、「核戦争」や「原発へのミサイル攻撃」が徐々に現実味を帯びはじめています。いざ緊急事態となれば、私たちも放射性物質に対処しなければならなくなるでしょう。
日本では、2011年の福島第一原発事故後に広く知られるようになった放射線の「被曝線量」や「避難指示基準」は、ICRP(国際放射線防護委員会)という組織の勧告に沿って定められています。しかし、日本の行政にそれほどの影響を与えているICRPは、IAEA(国際原子力機関)のような国連関係の国際組織ではありません。いったいどのような団体で、何を目的としているのか……? 原発事故後の福島を注視し続けるジャーナリストの黒川祥子さんが明らかにします。
事故後の福島で聞いた耳慣れない言葉、「放射能防護」
「放射線防護」という言葉を初めて聞いたのは2012年12月、福島県伊達市役所においてだった。
福島県中通りの北端に位置する伊達市は、福島第一原発事故で多量の放射性物質が降り注いだにもかかわらず、国の除染ガイドラインを無視し、市内の7~8割の地域を除染しないままにした全国で唯一の自治体だ。そして、私の故郷でもある。
同年、伊達市立小国(おぐに)小学校のプールに隣接する地表で84マイクロシーベルト/時という高線量地点があることを確認した私は、市の放射能対策政策監付次長だった半澤隆弘(敬称略、以下同)に考えを聞いた。国の除染基準は、地表から1メートルの高さで0.23マイクロシーベルト/時。地表とはいえ84マイクロシーベルト/時というのは、基準値のざっと360倍だ。半澤は「それがどうした」とばかりに事もなげに言った。
「(地表ではなく)子どもの頭の高さになれば、高い数値にはならない。子どもがそこ(地面)にペタッと座って、1時間も遊ばないでしょう?『放射線防護』の基本は放射性物質の遮蔽、物質との距離、物質と接する時間。その対策はしています」
初めて突きつけられた、「放射線防護」という用語。こちらの無知を嘲笑う、人を煙に巻くような言葉だった。
「放射線防護」――この言葉を名称の一部としている団体がある。「国際放射線防護委員会」(ICRP: International Commission on Radiological Protection)である。実は、福島第一原発事故後、避難基準の年間追加被曝線量20ミリシーベルト(ミリシーベルトはマイクロシーベルトの1000倍)も、除染のガイドラインにもなっている追加被曝線量年間1ミリシーベルトという値も、ICRPの勧告(2007年版)に基づいて設定されている。福島原発事故後、頻繁に耳にするようになった「ICRP」。一体どのような組織なのだろうか。
ICRP設立の経緯
ICRPの前身は、1928年設立の「国際X線・ラジウム防護委員会」(IXRPC: International X-ray and Radium Protection Committee)である。主に医療現場における「放射線」被曝から、医療従事者や患者を「防護」するために、各国の科学者が集まって発足した。ご存知のように、放射線利用は医療の分野から始まったのだ。
しかし、「ヒロシマ・ナガサキ」を経た第二次世界大戦後は、多くの国で放射線利用の目的が医療から核兵器へと180度転換する。核軍拡によってもたらされる健康への影響を管理することを目的として、IXRPCは1950年に名を変え、ここに「国際放射線防護委員会(ICRP)」が誕生した。
ICRPは、一見IAEA(国際原子力機関)や、UNSCERA(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)のような、公の国際組織のように思われがちだが、実はイギリスの民間非営利(NPO)団体である。
特定の国に本部建物を有するわけではなく、各国にICRP委員がおり、主委員会と5つの専門委員会などで構成され、被曝線量のガイドラインについての勧告などを発表している。構成メンバーはほぼボランティアで、放射線に関する専門家が30カ国以上から250名ほど参加している。
国立病院機構「北海道がんセンター」名誉院長であり、自ら放射線治療を行う医師の西尾正道は、ICRPをこう見ている。
「ICRPは国際的原子力推進勢力から膨大な資金援助を受けているので、権威のある公的機関のように振る舞っていますが、研究機関でも調査機関でもありません。単なる民間団体です。その目的は原子力政策推進であり、いわば国際的『原子力ムラ』の一員なのです」
原子力利用の拡大につれて形骸化するICRPの「勧告」
中川保雄著『放射線被曝の歴史』(2011年、明石書店)によれば、ICRPは、「アメリカ主導の下に核兵器と原子力開発の推進者たちにより、その推進体制に沿うものとして生み出された」組織だという。
ICRP勧告(PUB)には通し番号が付されている。1958年に出された第1回目の勧告「PUB1」には、「あらゆる線量をできるだけ低く保ち、不必要な被ばくは全て避けること」(*1)と明記されている。すべての人の被曝線量限度は、年間5ミリシーベルトとされた。
(*1)
松田文夫『ICRP勧告批判』(2022年、吉岡書店)P11
(*2)
中川保雄『放射線被曝の歴史』(2011年、明石書店)P123
(*3)
中川保雄『放射線被曝の歴史』P154
(*4)
松田文夫『ICRP勧告批判』P13
(*5)
松田文夫『ICRP勧告批判』P14