もちろん、クルド人の犯罪率が高いという事実も、クルド人に税金が多く使われているという事実もないということは書いておきたい。
「23年頃から、お金の問題で苦しんでる人たちが『余計なことに金を使わず自分たちだけを守れ』と言い出した。自分の苦しさを外国人攻撃に結びつける議論がこの頃から出てきたんです」
「日本人ファースト」が出てくる2年以上前から、すでに種火は燻(くすぶ)っていたのだ。
その原因を遡ると、アベノミクスが掲げた広い意味でのインバウンド政策に行き着くという。
「経済団体の意向に沿ったもので、労働者と投資家と観光客の受け入れ策です。これからは労働力が足りなくなるから外国人が必要だ。それから、日本は対日直接投資が弱いので、もっと外国の資本を入れていこう。それと観光客をドンドン呼び込んで観光立国にしていかなくちゃいけない。それを経済政策としてやったんです」
そこにこの3年の円安が重なった。その結果、自分たちは物価高騰にヒイヒイ言ってるのに、日本人にはとても手の届かないものを「安い安い」と消費していく観光客を目撃するのが「普通の日本人」の日常となる。それも欧米だけでなく、中国や韓国、台湾、東南アジアの国々の観光客。
「今の日本の状況って、世界的に見ると相当おかしいんですよね。経済成長が本当に乏しい中、急激にアジアの中で貧しくなり、中国や韓国、台湾に追い抜かれている。先ほど中間層の分断の話をしましたが、東南アジアでは今まさに中間層が作られて、そこが豊かになって観光客として家族で日本に来ている。自分たちが持っていたもの、失いつつあるものを全部持っているように見えるんでしょうね。周りは急成長しているのに、自分たちだけが取り残されて食い物にされるという不安心理」
ちなみにヨーロッパでは、「自分たちの税金が難民に使われている」という「不満」を原動力として福祉排外主義が広がっている。
一例を挙げよう。15年の難民危機以降、中東やアフリカからの難民を多く受け入れたオランダ(難民申請者は累計36万件)では、住宅不足や物価高の中、公営住宅の待ち期間が数年に及ぶこともあるという。一方で、身寄りのない難民は優先的に入れるという現実がある。そんなオランダでつい最近まで第一党の座にいたのが移民排斥を訴えて支持を集めていた極右政党「自由党(PVV)」(10月29日の総選挙で中道左派政党が第一党に)。
同様のことは、ドイツで極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)が第二党に躍進したり、イギリスで移民に厳しい姿勢を見せる改革党が政党支持率トップに躍り出たり、フランスで極右政党「国民連合」が存在感を示したりとあらゆる国で起きている。
「ドイツは人口の3人に1人が外国人を含む移民系の国で、国民負担率は日本(45%強)より10ポイント近くも高い。移民大国フランスの国民負担率はさらに高く、65%以上です」
こうした高福祉高負担の国で、そして移民の比率が日本とは比較にならないほど高い国で福祉排外主義が沸き起こるのは理解できると言えばできる。が、日本の外国人比率はわずか3%。なのになぜ、突然排外主義が横行し始めたのか。
雨宮処凛氏
「日本の場合は、不安が大きいと思います。クルド人の問題も、JICA(国際協力機構)のホームタウン騒動も、不安心理でパニックになっている。そこを参政党がうまくすくっていった」
伊藤さんはそんな日本で吹き荒れているのは福祉排外主義ではなく「投資排外主義」では、と指摘する。
「ヨーロッパの福祉排外主義は、移民や難民、労働者含め“弱い外国人”の問題です。しかし、日本の場合、円安に生活を脅かされている人たちが、円安のメリットを享受している投資家や観光客など“強い外国人”に反発する。こういう反発が排外主義に結びつくケースって他の国ではない。福祉排外主義だと『弱い外国人は助けなくていい』という議論ですが、日本のように、強い外国人に『国が買われてる』って反発している事例はないんですよ」
このような投資排外主義が台頭する背景には、日本の規制がゆるゆるだということもある。
「他の国では不動産投資への規制がありますが、日本では原則として自由です。そこに来て、これだけの円安。しかも日本のデフレと中国の高成長が重なった。その上、中国は共産主義の国だから中国人は自国で自由に土地を持てない。そういう事情と、日本の外資呼び込みなどが重なった。今起きているのは、排外主義の新しい形なんです」
しかし、いかに投資家に反発しようとも、私たちには投資家の姿は見えない。個人か法人かすらもよくわからない。もうひとつの“強い外国人”である観光客は目に見えるけれど、すぐに帰国してしまう。
「結局目に見えて、日本にずっといる外国人となるとクルド人やベトナム人などの労働者ですよね。“強い外国人”への反発が“弱い外国人”に向かって、『あいつらも悪いんだ』『犯罪を犯してるんだ』『俺たちの安全を脅かして俺たちの金を横取りしてる』ってことになってしまう」
常々、降ってわいたような「外国人問題」は、難民も観光客も外国人による不動産投資も働き手の問題も何もかもをごちゃ混ぜにした雑すぎる議論だと思っていたが、こうして整理されると、「人々のモヤモヤが向けやすい先に向いていた」という問題だとわかる。
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さて、このような状況に対して、いったい何ができるのか。
私が6月から恐れているのは、根拠不明な「外国人が悪い」という言説を鵜呑みにした果てに取り返しのつかない事件が起きるのではないか――ということだ。
「今起きていることは、外国人問題じゃなくてロウアーミドル問題だと思います。生活が苦しいということを、外国人問題に結びつけちゃってる。感情的な排外主義は、ロウアーミドル問題が続く限り、ずっと続くだろうと思いますね」
しかし、ロウアーミドル問題こそ、解決が難しい。
「これがむしろ全世界的な問題なんじゃないかという気がしますね。本質的に、中間層の暮らしを守る、そのためにはこれだけの財源が必要だ、ということを国が示さないと」
また、外国人問題については実態調査と規制が必要だと伊藤さんは指摘する。
国民負担率
国民が、所得の中からどれだけ税金や社会保険料などの負担をしているかを示す数値。
