ドイツは15年9月、国境を開けて難民を大々的に受け入れる。最初の1年だけで約90万人がドイツに流入したと言われているからものすごい数だ。
「この年の8月、僕はドイツのミュンヘンにいました。この時期、難民がバルカン半島を通ってヨーロッパに流入していて、ハンガリーやウィーンにどんどん難民が溜まっていって、ドイツ人の同情心も高まります。そこで当時のメルケル首相が『受け入れます』と言うと、みんな難民が到着するミュンヘン駅に迎えに行ったのです。最初の頃は、国を挙げて大歓迎というムードでした」
その光景を、私もニュースなどで見ていた。しかし、風向きは少しずつ変わり始める。
「歓迎ムードが続いたのはせいぜい最初の2、3カ月くらいですね。受け入れとほぼ同時に難民収容施設に放火する人も出てきたのですが、そのうち、受け入れが追いつかないと自治体が悲鳴を上げるようになりました」
決定的だったのが、その年の大晦日に起きた複数の事件。
「ヨーロッパの大都市の大晦日って大騒ぎになるんですけど、ドイツのケルンでその騒ぎの中、窃盗や傷害や性的暴行なんかが大量に起きて、捕まった中に難民申請者がけっこういたんですね。それで世論が一気に変わりました」
強調しておきたいのは、そのような犯罪に手を染める外国人はごく一部だということ。しかし、ドイツが難民を受け入れてから3カ月。歓迎ムードに翳(かげ)りが出ていた中で、この事件は決定的なものとなったようだ。
「そのあたりから、それまで瀕死だったAfDの支持率が10%を超えるようになってきたんです。その頃にはAfDは移民排斥を掲げる政党になっていたのですが、難民危機はAfDにとってまさに起死回生のチャンスでした」
そうして17年の選挙で議席獲得を果たし、第三党に躍進。さらに2025年の選挙で第二党に躍進という流れである。
板橋拓己氏
不安・不満の受け皿としての排外主義
それにしても、結成からわずか12年で第二党とは凄まじい。ちなみに中心になって立ち上げたのはネオリベ(新自由主義)系の経済学者。当初はインテリ色が強かったものの、入り込んでいた右翼が党の主導権を握り、移民排斥のメッセージを出して支持を伸ばしていったという流れだ。一方、日本で言えば自民党にあたる「キリスト教民主同盟」の議員が何人か合流してきたことも大きかったという。与党経験者が入ることで、有権者からの見え方も変わっていくからだ。
そんなAfDが力を入れてきたのが、旧東ドイツでの活動。
「今これだけ人気があるのは、旧東ドイツでの支持が高いことが大きいです。旧東ドイツと旧西ドイツにはいまだに経済的な格差もあり、旧東ドイツでは半数以上の人が自分たちを『二級市民』だと思っているというアンケート結果もあります。それでも5人に1人が失業していた20年前と比較すると、旧東ドイツはずいぶん良くなりました。しかし、いまだに旧東ドイツには大企業の本社が少ないとか、上司はみんな西出身だとか、構造的・心理的な格差は根強い。排外主義は、そういうものの受け皿になってしまう」
そのような状況の旧東ドイツでAfDは非常にきめ細やかな活動をしているという。
「既成政党は統一後、旧東ドイツで支持者を増やすことをサボったということもあります。AfDは、そこにうまく入り込んだ。その結果、旧東ドイツには、政治家や政党の事務所がAfDしかない地域がけっこうあるようです。また、消防団や父母会など地元のネットワークに入り込み、地域社会に浸透することにも成功しています。ドイツでは消防団の存在感が日本より強いんです」
この辺りの動き、全国津々浦々での組織作りに力を入れている参政党に近いものを感じる。ちなみに参政党は不登校の子どもを持つ親の会などの活動にも力を入れていると聞いたことがある。
一方、旧西ドイツでは「社会民主党」や「キリスト教民主同盟」など、長い歴史を持つ既成政党が地域に根付いているという。が、西側でも今、AfDはじわじわと支持を伸ばしている。主に旧工業地帯や失業率が高いところなど。アメリカのラストベルトにトランプ支持者が多いという現象と似たような構図が、旧西ドイツ側でも見られるのだ。
そんなAfDの特徴のひとつが、外国人ないし移民の背景を持つ人が少ない地域の方が支持率が高いということ。旧東ドイツがまさにそうだ。
「これは極右研究だとわりと昔から指摘されていたことですが、フランスの国民戦線(現・国民連合)が出てきた時も、『支持率のドーナツ化現象』みたいなことが言われていました。つまり、都市のど真ん中はもう外国人と当たり前に共生している。でも郊外だと、『外国人がたくさん来たら我々の生活が脅かされてしまうのではないか』というイメージによる不安が大きい。そういう意味では旧東ドイツって、西と比べると本当に移民系の人たちが少ないんですよ」
そんなドイツでは22年、ロシアによるウクライナ侵攻を受け、ウクライナ難民を100万人規模で受け入れている。この時は、「そこまでの反発はなかった」というが、次第に語学学校や住宅の準備が追いつかないという問題が起こってくる。そのような時、バカにできないのがSNSで拡散されるアメリカやフランスなど他国で広がる排外的な言説だと板橋さんは言う。
「ドイツではナチの反省から人種・宗教差別に対する法的な規制が厳しいこともあり、今から15年くらい前までは、排外主義は比較的封じ込められていました。それでも、例えば2000年代には、“並行社会”が問題になったりします。1960年代からドイツはトルコ系移民を労働者として受け入れてきたのですが、彼らが家族を形成し、ドイツ社会に統合されずにトルコ系のコミュニティを作って、同じドイツで“並行社会”ができている、という議論です。しかし、その時は政治指導者の多くが排外主義的な議論を諫めましたし、よりいっそう統合を進める努力がなされました」
それが15年の難民危機によって「タガが外れた」状態になる。
「難民危機はもちろんですけど、それを煽る人たちの存在が大きいですね。SNSの影響は非常に大きいと思います」
外国人に「仕事をとられる」、自分たちの「負担が増える」などおなじみの言葉がSNSに飛び交う。
「でも、今のドイツはそれほど失業率が高いわけではないし、また日本と同じで、移民がする仕事とドイツ人がする仕事は業種があまり重ならないので競合しないはずなんですよ」
