駐車場からゲートまで数百メートル歩き、そびえ立つ壁に作られた小さな扉を入ると、右手にカウンターがあり、人の出入りを管理する警官が数人並んでいた。扉の外は軍、内は警察が警備を担当する。警官たちはことのほか和やかな雰囲気で、こちらを相手に冗談まじりのおしゃべりをしながらIDを確認し、名前をノートに記入する。その後訪問者カードを手渡すと、「写真撮影は禁止ですが、ごゆっくり」とほほえんだ。
敷地内には、中央の舗装道を挟んで平屋の建物が何棟か立つ。道の先に見える壁の向こうや左手の建物の背後、右手奥には、更に施設が並ぶ。塀でいくつかのセクションに区切られた土地のどこにどんな建物が立っているのか、一目見ただけでは見当がつかない。
入り口に近いマラスの「リタイア組」用の施設の前では、テラスのハンモックで若者がゆらゆら揺れている。服装は、囚人定番の「つなぎ」ではなく、Tシャツに腰で履くジーンズという、ごく普通の若者ファッションだ。妙にのんびりしており、殺し合いが起きるような雰囲気はない。
ガロ牧師とともに、私たちは事務所の建物に入った。通された部屋で待っていたのは、40歳前後のソーシャルワーカーの女性だ。彼女はこの刑務所にいる3人のソーシャルワーカーの一人で、マラスのメンバーも担当している。牧師がインタビューの段取りを確認しに行く間、ソーシャルワーカーの仕事やマラスについて、気さくに話をしてくれた。
「ここにはたった3人しか、ソーシャルワーカーがいません。少なすぎると思うかもしれませんね。でもマラスのメンバーを救うためには、ソーシャルワーカーの人数を増やしてもあまり意味がないんです。彼らは牧師様以外には本当のことを話してはくれないので。個人面談の時も、仲間が5、6人で囲んでいるので、本心など言えないですからね」
苦笑いする彼女の顔には、諦めにも似た感情が浮かぶ。マラスメンバーの大半は問題だらけの貧困家庭で育ち、小学校も卒業していないという。子ども時代の楽しみも将来を夢見る機会も与えられないまま、大人になったわけだ。
若者たちを取り巻く厳しい現実に耳を傾けていると、ガロ牧師が戻ってきた。と、間髪を入れず、「インタビューはできないそうです」と告げる。刑務所長の許可をもらっているにもかかわらず、なぜ?
「MS-13もM-18も、リーダーが許可しなかったのです。エルサルバドルの刑務所内で取材をしたジャーナリストが後で殺されたことがあるので、そうしたやっかいなことは避けたいそうです」
と、牧師。凶悪なギャングになった若者の生の声が聞きたい、それが私がホンジュラスを訪れた最大の理由なのに……。
心底がっかりしていると、牧師が言葉を続けた。
「マラスではリーダーの言葉が絶対で、話をしたいと思う者がいても、リーダーが許可しなければできないのです。でも、もし彼らのような若いギャングたちの人生をよりよく知りたいのなら、私がいい人を紹介しましょう。マラスのメンバーではありませんが、彼の話を聞けばきっと驚きますよ」
確信に満ちた表情で話す牧師の提案にひかれ、私はさっそくその人物に会えるよう、段取りをつけてほしいと願い出た。すると「明日の午後なら、私が直接紹介しますよ」と言う。「それではぜひ」と、翌日の午後5時にガロ牧師と「現場」で落ち合うことにした。
「現場」は街外れの谷沿いの道路脇に立つ、少しオレンジがかった白い建物。赤や青、黄色のラインをあしらった可愛いらしいデザインからは想像がつかないが、それはプロテスタント系の教会だった。車を下りてなかに入ると、右手で事務机の前に座った東洋系の女性が、ほほえみかけてくる。
「ようこそ!」
彼女の周りでは、やはり親切そうな若者たちが礼拝の準備に忙しい。奥には椅子が並べられた百数十人は入りそうなスペースと、一番前にギターやドラムなどの楽器が並ぶ低い舞台がある。女性に「ガロ牧師はまだおいでになっていませんか?」と尋ねると、「まだですが、どうぞなかでお待ちください」と促された。
しばらくすると牧師が現れ、「アンジェロはまだのようですね」と、私とカメラマンに声をかけた。「アンジェロ」というのが、お目当ての人物だ。彼は元ギャングのリーダーで、今はこの教会の牧師を務めているという。
雑談をしていると、外に一人の男が大きなバイクにまたがって現れたのが見えた。ヘルメットで顔は見えないが、屈強な体つきが、ボティーガードやマフィアを思わせる。彼に気づいたガロ牧師が、
「アンジェロが来ましたね」
と、ささやく。
ヘルメットを取り教会に入ってきたのは、「背の低いゴルゴ13」。この人物が「牧師」なのか?! こちらへ近づいてきた男は、がっちりとした肉厚な手を差し出し、握手を求めた。ガロ牧師が、日本のジャーナリストが彼の人生について話を聞きにきたのだと説明すると、アンジェロは少し考えた後、こう言った。
「今日はこれから説教の準備がありますので、金曜日の朝もう一度来ていただけませんか?」
こうして私たちは二日後、金曜日の朝9時に再会する約束をして、その場を離れた。
(第2話へ続く)