パートナーシップ証明書のために、公証役場に公正証書を作りに行ったときも、最初はすごく緊張したんです。でも、終わったあと、役場の方が私たちの本 『レズビアン的結婚生活』を「昼間買ってきたんです。サインしてください」と持ってきてくださって。そうやって笑顔で迎え入れられたことが本当にうれしくて。緊張しては受け入れられて、という経験を繰り返して、自分も成長してどんどん楽になっていきました。証明書の取得は、私にとって、自己肯定感を高めることにもつながったと思います。
全国の自治体の取り組みは
――渋谷区のような取り組みをしている自治体は、まだまだ少ないですが確実に広がりつつありますね。増原 LGBT支援事業に取り組んでいる自治体は他にもあります。渋谷区と同じ日に、世田谷区でも、パートナーシップ宣誓書の受付と受領証の交付がスタートしました。16年4月から三重県伊賀市で、6月から兵庫県宝塚市で、7月から沖縄県那覇市で、同様の取り組みが始まっています。渋谷区だけは条例に基づいていて、他の自治体は、市区長裁量でできる「要項」という形で行っています。
――お二人から見て、渋谷区の方式と、それ以外の自治体の方式に、どんな違いを感じますか?
増原 日常的な効果はそれほど変わらないのではないかと思います。一つ大きな違いとして、渋谷区はお金がかかるんです。条例で、申請する際に「お互いを後見人とする、任意後見契約に係る公正証書」と「共同生活の合意契約に係る公正証書」が必要とされていて、両方作るとだいたい8万円くらいかかってしまう。
東 最初に聞いたときは「高いなー!」と思いました。
増原 でも、その後いろいろ検討された結果、特例がついて、今は実質、合意契約の公正証書1種類でも申請できるようになっています。もちろん2種類作ってもいい。1種類なら1万5000円くらい。私たちは1種類ですけど、申請のための必須事項よりも少し多く盛り込んだので、1万8000円くらいかかりました。渋谷区以外のところは、お金はかかりません。本当はお金はかからないほうがいいと思います。
東 男女の婚姻届は無料なのに、同性はお金をかけて公正証書を作らなければならないのは、差別だからよくない、という考え方もあります。でも、私たちは公正証書を作ってみてよかったですよね。「共同生活」「貞操義務」「家事の分担」「財産関係」「子」「死後」など、こういうときはこうしましょうというルールを契約として紙に残すわけですけど、面白い経験でした。男女のカップルも作ってみたらいいのでは、と思いました。
増原 そうそう。一度ちゃんと話して、明確にしておくのはいいことですよね。私も面白かった。
東 同性婚ができない現状では、法的に認められる有効な書類は公正証書しかありませんから、今はそれを利用するのもいいことだと思っています。もちろんこれからは、異性婚との差がなくなっていくほうがいいですけどね。
――現在、どれくらいのカップルが、同性パートナーシップの制度を利用しているのでしょうか。
増原 16年10月現在、全国で60組以上が、自治体の発行する証明書や、宣誓書受領証などを受け取っています。
ただ、たとえば宝塚市は16年6月から始まっているのですが、10月の時点で宣誓書の受領証を受けたのはゼロ組でした。申請するということは、役所に対してカミングアウトすることなので、ハードルが高い。カミングアウトしてまでも取得するメリットを感じられないカップルも多いと思います。
――まず、受け入れる土壌ができないと、制度があっても利用しにくいということですね。
東 そこは難しいですね。まず制度ができることによって状況が変わっていくこともあると思います。
LGBT支援に消極的な行政や企業の方が、よく「そういう取り組みをしてほしいという声がないから」と言うんです。でも、LGBT当事者が気軽に希望を言えるなら問題ない。声をあげられない状況にこそ問題があるので、声がないからやらないというのはおかしい。けれども、声がないと動きにくいという側面もあるのは事実です。受け入れる環境と、社会的な制度と、同時に進んでいかないと。
私たちは「こゆひろサロン」というLGBTのためのオンラインサロンを運営していて、たくさんの全国のLGBTの方たちの声を聞いています。そうすると、都市部は少しずつ変わってきているけど、地方ではまだまだ厳しい現状がある、と思うことがあります。都市、地方にかぎらず、周囲に理解者の多い環境にいる人と、そうではない人の差が広がっているようにも思えます。
証明書の取得によって、私たち、私自身の状況はとてもよくなったけれど、それは一部のことだけなのかもしれない。だから、これはあくまで最初の一歩。次につなげていかなければ、と強く感じています。
LGBT支援、これからのステップ
――お二人が、LGBT支援の活動として今後取り組んでいきたいこと、社会に望むことは何でしょうか。増原 16年5月27日に民進党などが「LGBT差別解消法案」を国会に提出しましたが、まだ審議されていません。自民党も、性的マイノリティーへの理解や支援に関する案をまとめていましたが、まだ提出に至っていません。
今、LGBTの中には差別やいじめで苦しんでいる人が日本中にいる。命を落とす人さえいます。15年8月には、一橋大学法科大学院に通っていた男子学生が転落死するという事件がありました。ゲイであることをカミングアウトした同級生に、アウティング(当事者の同意を得ずに性的指向を暴露すること)されたことがきっかけだと報じられています。法律の専門家を育てる場でこういった事件が起こってしまったことに、本当にショックを受けました。
こうした偏見、差別、いじめに対抗するには、法律の力が大きい。ですから、LGBTへの差別をしてはいけない、という趣旨の基本法を一日でも早く成立させたいし、そのためにできることをやっていきたいですね。私が代表取締役を務めているトロワ・クルールの仕事としては、企業におけるLGBT施策の一環として、LGBT研修をさらに増やしていきたいです。
東 2020年には東京オリンピック・パラリンピックがありますが、オリンピック憲章の中にも、性的指向で差別をしてはいけないと明記されている。16年のリオデジャネイロ・オリンピックでは、LGBTであることをカミングアウトした選手が、これまでで一番多かったというニュースがありました。次の開催地として、外国からのお客様もたくさんいらっしゃる中で、東京や日本が本当の意味でのダイバーシティー(多様性)をどう示していけるか、試されると思います。
できればそれまでに法律で同性婚ができるようになればいい。自治体や企業の動きが全国に広がっていくことはもちろんですけれども、国としても、一日も早く法律が変わってほしい。そうすれば今より確実に、苦しんでいる人が少し息をつけるようになると思うんです。
増原 今、人権救済申立という司法プロセスを使って、同性婚を法制化するための申し立てをしています。
同性パートナーシップ条例
男女平等や、性別にとらわれない多様な個人の尊重などを目的に制定された東京都渋谷区の条例。2015年3月31日に同区議会で可決、翌月1日施行。条例では、LGBTと呼ばれる、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーなど性的マイノリティーの人権尊重が掲げられ、同性のカップルを「結婚に相当する関係」と認める「パートナーシップ証明書」を発行することが定められている。
パートナーシップ証明書
東京都渋谷区の「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」(2015年4月施行。通称・同性パートナーシップ条例)に基づき発行される証明書。区内在住の20歳以上の同性カップルを対象とし、共同生活の合意事項についての公正証書を作成していることなどを条件に発行。区民や事業者には、証明書を持つカップルを夫婦と同等に扱うことを求める。賃貸住宅への入居などで家族として扱われることが想定されるほか、家族向け区営住宅に夫婦として入居することが可能になる。また、職場での不当な差別など、条例の趣旨に反する行為があり、区長の是正勧告に従わない場合には、事業者名を公表することができる。ただし、証明書に法的な効力はない。
LGBT
【L】レズビアン(女性同性愛者)、【G】ゲイ(男性同性愛者)、【B】バイセクシュアル(両性愛者)、【T】トランスジェンダー(生まれた時に法律的、社会的に割り当てられた性別にとらわれない性別のあり方を持つ人。一部の性同一性障害者を含む場合がある)の頭文字をとった単語で、セクシュアル・マイノリティー(性的少数者)の総称の一つ。
公正証書
公証人(司法試験合格後、司法修習生を経た法曹有資格者から、法務大臣によって任命される国家公務員)が、金銭の貸借、不動産の貸借・売買、離婚の際の財産分与・慰謝料支払約束、遺言、任意後見契約など、民事上の法律行為について、当事者の依頼に応じて作成する公文書のこと。法律の専門家が、法的に明確な形で作成するため、証明力が高い。