ここで外星人が相手にしているのが、人類の全体ではなく、日本政府だということに留意する必要がある。日本人と人類との間の区別に無頓着だった『ウルトラマン』とは、この点で大きく異なっている。日本政府が外星人と条約を結ぼうとするのは、それによって他国に対して優位に立つことができる、と考えたからである。人類はまとまった全体ではなく、国家と国家の間に対立があることが前提になっている。
最初の条約の相手は、外星人・ザラブである。ザラブは、禍特対メンバーの前で、地球の諸言語を自在に翻訳したり、電子データを自由に操ったりと、人類を圧倒する科学力をもつことを示したあと、日本政府と友好条約を結びたいと申し出る。日本政府は喜んで、条約を結んでしまう。しかし、ザラブの目的は、この条約をきっかけにして、国家間の戦争を引き起こし、地球の「原住知的生物」であるところのホモ・サピエンスを絶滅させることにあった。このザラブの陰謀を見抜いた神永=ウルトラマンによって、ザラブは倒され、この条約自体が無効になる。
本命はしかし、その後の外星人・メフィラス(山本耕史)と日本政府の間の条約の方である。『シン・ウルトラマン』の物語は、いくつもの禍威獣が出現する複数の事件の連なりによって構成されているのだが、全体の枠組みを与えているのは、メフィラスの陰謀であったことが明かされる。それまでの度重なる禍威獣の出現も、ザラブの登場も、すべてメフィラスの計略によるものだ。その目的は、ウルトラマンをおびき寄せることにあった。つまり地球にウルトラマンがやってきたこと自体が、メフィラスの計画に基づいていたのである。
そのメフィラスは、総理大臣をはじめとする日本の政府首脳に、次のことを提案する。ベーターシステムを活用した「対敵性外星人からの自衛計画」を、である。生体を巨大化させるメカニズムを内蔵したベーターボックスなる装置がある。ウルトラマンが巨人化するのも、同じ原理によるらしい。ベーターボックスを使って人間自体を巨大化すれば、最強の武器にすることができる。メフィラスは、ベーターボックスを日本に供与しようという、「善意」の提案をしてきたのだ。これこそ、日米安保条約と同じタイプの安全保障条約である。ベーターシステムとは、核兵器のような大量破壊兵器である。「核の傘」ならぬ「ベーターの傘」で日本を守ってやろう、というわけである。もっとも、ベーターシステムは、核兵器と違って、人間(日本人)自身が武器になる「生物兵器」を作り出すわけだが。いずれにせよ、ベーターボックスを手に入れれば、日本は、敵性外星人も、敵性外国人も退けることができる。
だが、メフィラスは、なぜそんな「善意」を発揮するのか。日本政府にそんなものを提供したとして、彼にどんな得があるのか。メフィラスが交換条件として公式に要求することはただひとつである。「私を上位概念として認めること」。上位概念とは何なのか? 説明はなく、よくわからない。大隈首相(嶋田久作)はその点をはっきりと問いただすべきだと思うのだが、首相は、メフィラスを上位概念として認めたところで自分たちが失うものは何もないと思ったのか、メフィラスの要求をあっさりと承諾してしまう。上位概念とは、おそらく、「神(のようなもの)」である。すると、映画の中の「メフィラスと日本の関係」は、ますます日米関係に似てくる。戦後、日本にとってアメリカはずっと神のごときものだったのだから。
メフィラスが、神永=ウルトラマンに、「真意」を告白するシーンがある。メフィラスは、ベーターシステムを開示することで、人類に、外星人には暴力でも知恵でもとうていかなわないという無力感・無気力を感じさせ、強者への依存を身にしみて覚えさせたいのだ、と。そうすれば「外星人には無条件に従うしかない、という私にとって理想的な概念を人類に植え付けることができる」というわけだ。ここで「人類=日本」、「外星人(メフィラス)=アメリカ」と置き換えれば、まさしく、敗戦後、今日まで続いている(日本の側から見た)日米関係そのものであろう。日本人は、アメリカには無条件に従うしかない、という「概念」をもっているではないか【註2】 。
アメリカ政府が、日本人に無力感や無気力、そしてアメリカへの依存心を積極的に埋め込もうとしてきた、と言ってしまえば、それは、邪推というものだろう。アメリカは、日本が協力的な友好国であることを望んでいるだろうが、彼らが期待している水準を超えて、日本人はアメリカに精神的に依存してきた。安全保障の面でアメリカに依存している国はたくさんあり、日本だけではない。しかし、どこの国も――とりわけ冷戦が終結した1990年以降は――、アメリカへの依存を極小化しようと努力してきた。アメリカに軍事の点で依存しているとしても、それは「必要悪」のようなものだ、と。しかし、日本だけは、冷戦が終わっても、アメリカへの強い依存を維持してきた。日本は、積極的に依存しようとしており、アメリカが日本への関心を失うことを恐れている。どうして、日本だけ、かくも全面的かつ持続的にアメリカに依存しているのか。重要な主題だが、ここで深入りすることはできない。
『シン・ウルトラマン』の筋に戻ろう。メフィラスと日本政府との間の条約は、ウルトラマンと禍特対によって、締結直前のところで阻まれる。『ウルトラマン』では、日米安保条約的な態度と関係性が、無意識のうちに肯定されていた。『シン・ウルトラマン』は、逆に、日米安保条約的な態度と関係性を意識的に拒絶している。
人類はウルトラマンから自立できたか
だが、ウルトラマンへの依存自体は、克服されているわけではない。ウルトラマンのおかげで、日本政府はメフィラスの姦計にはまらずに済んだのだ。それにしても、『シン・ウルトラマン』のウルトラマンは、現実の何の隠喩と解釈すればよいだろうか。メフィラスがアメリカに対応させられたため、ウルトラマンが何を表象しているのか、あいまいなものになってしまった。だが、日本が置かれている現実の状況を思えば、ウルトラマンに類する救世主的な他者は、結局、アメリカしかいない。アメリカは、メフィラスとの関係の中で拒絶されるが、ウルトラマンとの関係で、再び迎え入れられるだろう。それゆえ、アメリカからの真の自立を表現したければ、人類がウルトラマンへの依存を断つことができる、ということを示さなくてはならない。実際、映画の終盤は、そのような方向へと展開していく。
光の星から、突然、ゾーフィがやってくる。光の星は、ウルトラマンの故郷である。つまり、ウルトラ戦士たちの供給源だ。となれば、ゾーフィは、ウルトラマンと一緒に地球を守ってくれるのかと思いきや、まったく逆である。人類は、危険な生物兵器に転用可能な資源だとわかったので、廃棄処分しなくてはならない、とゾーフィは言う。人類自体が、宇宙にとってこの上なく迷惑なゴミだというわけだ。ゾーフィは、地球を狙うことができる宇宙空間に、天体制圧最終兵器ゼットンを配備する【註3】 。
神永はウルトラマンになって、ゼットンに挑む。が、まったく歯が立たない。ウルトラマンはゼットンに反撃されて、大気圏に墜落し、瀕死の重傷を負う。万事休す。もはや、人類と地球は、ゼットンによって破壊されるのを待つほかない……かのように思えた。
【註1】
佐藤健志『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』文藝春秋、1992年。
【註2】
この点を、朝日新聞の太田啓之記者が的確に指摘している。朝日新聞Digital、2022年6月10日記事。https://digital.asahi.com/articles/ASQ69439HQ66UCVL019.html?iref=comtop_7_07
【註3】
人類自身が大量破壊兵器だから廃棄すると言っているのに、こんな危険な最終兵器は使用可能なのか、とツッコミを入れたくなるところではある。どこかの国が危険な生物化学兵器を所有しているので、核兵器で全滅させよう、と言っているに等しいわけで、ここには矛盾がある。が、今はこの点は忘れて前に進もう。