風が吹き、砂が舞う。木の枝を支柱にして作った茅葺きの屋根が作る影はまだくっきりとしている。用意された椅子に座ると地酒がふるまわれた。砂地の向こうでヤギが鳴き、犬は人間の足元で寝転んでいる。都会とはまったく縁のない牧歌的光景が目の前にある。一家の祖母エスペランサは頭に白いスカーフをターバンみたいに巻き、風が通るゆったりした木綿のワンピースを纏っている。堂々としていて、まるで女族長という風情だ。
彼女は手にしたエレンディラの祖母が握っていそうな木の杖で砂地に模様を描いたりしながら、ワユーの文化についてみんなに語って聞かせる。エスぺランサの孫のひとりだという白い民族衣装を着た少女はエレンディラを思わせる。大柄な祖母といるとますますそう見える。
ここの習慣では、少女は初潮を迎えると、最初の3〜4日間は食事を断ち、薬草入りの飲み物だけで過ごして体を浄め、その後でヤギの肉を食べる。それから1年間小屋にこもり、編み物や暮らしに必要なことを学ぶ。それは学校のようなもので、終了すると普段別れて暮らしている大家族が集まり、お披露目のパーティを開くのだという。
白い民族衣装の少女は見学者それぞれの顔に、ワユーの伝統模様を描き始めた。女性には渦巻き、男性の僕には人生や運命の山と谷を示すジグザグの線が描かれた。どこかケルトの紋様を思わせる渦巻きもジグザグも、終点を描かないのは、命の終わりがいつ来るかはわからないからだそうだ。

顔にワユーの伝統文様を描いてもらう 撮影:篠田有史
先に来ていた観光客グループの年長の女性の顔には、エスペランサが特別に自ら模様を描いてみせたという。彼女がその女性に名前を尋ねる。女性が「フローラ」と応えると、エスペランサはいささか大げさな調子で、「え、あんたにだけは渦巻きでなく、花をモチーフにした柄を描いたんだよ。あんたは花という名前だったんだね」と言った。これだけだと、ワユーの女系家長には超能力まであるのかと思われるかもしれないが、このグループは年長の女性がちょうど娘くらいの年頃の女性たちを連れてきているので、誰が見ても家族とわかる。トウモロコシの花のモチーフは子宮、すなわち世代を繋ぐことを表すものだというので、こういった家族で参加するグループの母親には、花の模様を描いているのだろう。
エスペランサの説明によると、ワユーは母系社会だから、エスペランサはこの家の家長ということになる。彼女はゆっくりとしたスペイン語でワユーの文化について話を続ける。孫たちはとても従順だ。二人いる男の子たちは、ゴム製のサッカーボールを蹴り合っている。ひと通りのレクチャーが終わると、少女が赤い衣装をまとい、男性と組んで鶏のステップを踊ってみせた。男性の方は猿のステップで、他にも様々な動物のステップがあるという。見学者たちに誰か踊ってみたい人はいるか? と聞いている。踊るには歳を重ねすぎている気がしたので、やめておく。踊りの後は少女の母親だろうか、少し離れた厨房の建屋からヤギ肉のグリルとチーズを持ってきて振る舞ってくれた。

ワユーの踊り 撮影:篠田有史
僕たちはここにいるワユー族の一団が一つの大家族の一部だと思い込んでいた。この砂埃の舞う大地で絶対的な存在の祖母を頂点とした母系社会が脈々と続いていて、先祖伝来の習慣と酒とヤギ肉を中心とする食生活に基づいて暮らしている。ここにあるような木材とブロックでできたシンプルな造りの小さな家で、伝統文化を守りつつ、先住民族の誇りを持って生きている。そんな勝手な思い込みで彼らを見ていた。
同行のジャーナリストが、文化村で披露される観光客向けの話や舞踊だけでは満足できないのは当然である。彼らがエスペランサの家族にインタビューし、家族写真を撮りたいというので、翌日もう一度この文化村を訪れた。着いたのは昼頃だった。ところが前日たくさんいたはずの人々はもちろん、ヤギや犬の姿さえ村から忽然と消えていたのだ。前日目にした光景はどこにいったのだろう。がらんとした建屋の下で、販売用の民芸品のバッグ(Wayuu Mochila/ワユーモチラ)がゆっくりと風に揺れている。エスペランサが座っていた場所には、ハンモックと木の杖だけが残っていた。いったい何があったのだろう。

風に揺れる民芸品のバッグ 撮影:篠田有史