サン・フェリペ要塞から見たカルタヘナの街 撮影:篠田有史
カメラマンの篠田有史くんの運転はさすがだ。スペインでドン・キホーテの道をたどっただけのことはある。日本の道路事情や習慣とかなり違う異国の道での運転はさぞ神経をすり減らすだろうと思うのだが、仕事柄とはいえ、それに耐えうる瞬発力、適応力を備えている。ただしそれだけではない。実はそこには、ナビゲーターを担うパートナー、工藤律子くんの欠かせぬ存在がある。ドライブ中の二人の会話を後ろの座席で聞いていると、夫婦(めおと)漫才そのものだ。「ほらここを右! いま右!」「わかってるって」
ガブリエル・ガルシア=マルケスの土地を訪ねる旅のカリブ海沿岸地域の取材は、カルタヘナで始まりカルタヘナで終わることになった。この作家とその作品が生まれた土地の温度、湿度、匂い、色、音など五感で感じたいと長らく思ってきたので、今回文字通り念願が叶ったということだ。ここカルタヘナにはガルシア=マルケスが最晩年を過ごしたカリブ海沿いのコーラルオレンジの邸宅がある。そこから海岸(砦)沿いに少し西のメルセー広場にあるカルタヘナ大学の瀟洒な建物の中庭に、ガルシア=マルケス(2014年没)と妻メルセデス(2020年没)の遺灰が安置されている場所がある。
ここは、エル・ウニベルサルという新聞社の文芸記者で文筆家、芸術家のグスタボ・タティス・ゲラが案内してくれた。この建物は、元々はスペイン植民地時代の17世紀に建てられた教会と修道院だったという。このあたりは街全体がヨーロッパ、つまりスペイン風の建物で構成されている。吹き抜けのパティオの中央にあるガボ(ガルシア=マルケスの愛称)の胸像が目に入る。いかにも「廟」という感じの美しく整えられた祭壇のようになっていて、煉瓦とガラスと石で構成された〈祭壇〉には、ピンクや白のペチュニア、黄色と緑のコントラストが鮮やかなクロトンなどの植物が植えられている。この美しい建物の回廊は半円アーチで統一されていて、回廊の壁には、アラカタカ出身の著名な写真家レオ・マティスが撮った、やはりカリブ海沿岸地域の風景、闘鶏の鶏や投網漁などの印象的な写真が展示されている。

遺灰が安置されたカルタヘナ大学の祭壇 撮影:篠田有史
回廊を一周した角の一室は「ガボを忘れないために」と表示された展示室になっていた。展示室にはガボ愛用の時計やメガネ、衣服などゆかりの品や写真が展示されていた。彼と一緒に写っている人物のほとんどは見覚えがあったが、一枚だけ奇妙な写真があった。ガボが“化け物”と仲良く写っているのだ。仮面なのか化粧なのかモノクロ写真なので判別できない。グスタボに、ガボの隣にいるのは誰? と尋ねたところ、仮面を被ったコルタサルだという答えが返ってきた。この写真はアルゼンチンの著名な写真家サラ・ファシオが撮影したという。日本を発つ前にアルゼンチンの作家フリオ・コルタサルの『石蹴り遊び』を翻訳していたので、思わぬところでガボと共通の友人に会ったような気持ちになった。ディスプレイにはガボが大ファンだったというコロンビアの歌手シャキーラの映像が流れている。展示室の隣の部屋では大学の授業が行われていた。建物内のカフェでこの日三度目の美味しいコーヒーを飲む。
グスタボは記者であると同時に自身も小説を書き、絵本も手掛けるという多才ぶりを発揮している。カリブの人間らしく、花柄の半袖シャツを着ていて、髪も多く、カールがかかっている。そのためかなんとなくガボの雰囲気を備えている。彼とは前の日に、サン・フェリペ要塞を望むホテルのテラスで2時間ほど話をして、すっかり打ち解けていた。それに今朝はエル・ウニベルサルの社屋を訪問させてくれた。いかにも南国のオフィスという感じの、低層だががっしりとしたコンクリートの建物で、編集部にはガボのポスター、編集長の部屋にはガボの胸像があった。

サン・フェリペ要塞を望むテラスでグスタボと 撮影:篠田有史