グスタボによる紹介の後、編集部のスタッフ全員を前に挨拶をする。するとグスタボから今度は僕にインタビューをしたいという申し出があった。そこでカルタヘナを発つ日の朝にインタビューを受けることにした。グスタボには、ガルシア=マルケスの作品の日本での受容について、もう少し話をしておきたいと思ったから、ちょうど良い機会だと思った。
急に大雨が降り出した。そうとは気づかずにカフェで話に夢中になっていると「外に停めてある車の窓が開いていて、雨が入り込んでいますよ!」と親切にも教えてくれる人がいた。僕たちの車だった。慌てて車に乗り込み、要塞の外周を海沿いに走った。道路はあっという間に川となった。
カリブ海沿岸地域の旅の7日目、グスタボに再会する。今日はエル・ウニベルサル紙の取材のため、カメラマンのアロルドを伴ってマンガという地域にある僕たちの投宿先にやってきた。僕は、『百年の孤独』を日本語に翻訳した、僕の翻訳の師でもある鼓直先生の仕事について次のように語った。僕自身が鼓直訳の『百年の孤独』を読んで感銘を受けたこと、語彙が豊富で選ぶセンスが素晴らしいこと。日本では、この小説に最初は一般読者より文化人や知識人(文化人類学者の山口昌男、作家の安部公房など)が反応したが、このことについては、文庫版『百年の孤独』の解説で、筒井康隆も「文学への姿勢を根底から揺るがされ」るほどの衝撃、と記していること。また、ガルシア=マルケスの作品について、彼独特のユーモア、語り口、ラテンアメリカと欧米の要素が見事に混じり合っていることなどを指摘した。後日、記事になったものを読むと、僕の話のトーンよりいくらか大げさになっていた。

グスタボからインタビューを受ける 撮影:篠田有史
カルタヘナでの取材は盛り沢山だった。その前日は、ガボのカルタヘナ海岸のコーラルオレンジの邸宅を訪問した。建物は現在ガボ財団(フンダシオン・ガボ)が管理している。この団体はガルシア=マルケスも創設者の一人であり、1994年の設立以来、特にカリブ海沿岸地域に根ざした若いジャーナリストの養成に主眼を置く活動を行っている。やはり彼の意識は常にカリブとともにあるのだ。
高い塀の木の門を開けて笑顔で迎えてくれたのは、ガボ財団のプログラムディレクターのミゲル・モンテス・カマチョ、プログラムコーディネーターのシルビア・ナバロ・アグアス、それに、エディターでガルシア=マルケス研究者のオルランド・オリベロスで、三人とも若く、知性に溢れ、洗練された人物だった。加えて名前は聞けなかったが、車椅子を準備してくれたり、食後のコーヒーを淹れてくれたりした、帽子の似合う男性と、無口だが目で言葉を伝える屋敷の管理人の男性の、カリブ流ホスピタリティが心に沁みた。8年間この財団でジャーナリスト育成プログラムのコーディネートをしてきたシルビアが、僕たちのために素晴らしい昼食を用意してくれた。まさにサプライズだった。ガボの家のダイニングルームで食事ができる日が来るとは。ありふれた白いコーヒーカップでさえ、ガボが使っていたのかと思うと特別なものに感じる。もっとも、ガボはダイニングルームではなく、キッチンのテーブルで使用人と話しながら食事をするのを好んでいた。彼らしいエピソードだ。

ガルシア=マルケスの邸宅のダイニングテーブルで 撮影:篠田有史
この邸宅はカルタヘナの海岸沿いの最高級の立地で、庭に大木が緑の実をつけていた。アーモンドだと説明されたが、おそらくモモタマナだろう。この地域で多く見かけた樹形の美しい木だ。そして黄色い蝶が好むというイクソラの花には、まるで用意していた演出のようにハチドリが飛来した。レインツリー、ハナキリン、ショウジョウヤシ、ビスマルクヤシなどの樹木もこの家の南国の雰囲気作りにそれぞれ一役買っている。
マコンドという名の木の実が応接間のテーブルに置かれていた。5枚の羽を持ち、これが地に落ちカラカラと転がっていくそうだ。カリブ地方では決して珍しい植物ではないらしいが、その実の羽はくすんだ黄色なので、つい蝶の羽に見立ててしまった。

マコンドの木の実 撮影:篠田有史