だから晁蓋が登場するのはようやく第14回で、地方の知事梁中書(りょうちゅうしょ)が都の蔡京に贈るため楊志に運ばせていた誕生日プレゼントの金品(生辰綱〈せいしんこう〉)を彼らが途中の黄泥岡(こうでいこう)で強奪する事件は第16回、いよいよ宋江が登場して旧知の晁蓋に危険を知らせ逃がす場面は第18回に置かれている。以後宋江の苦難譚となり、武松(ぶしょう)による義姉潘金蓮(はんきんれん)殺しがスピンオフで挿入され、宋江が刑場から救い出されて梁山泊入りするのが第40回、晁蓋の死(第60回)を経て第71回でさきほど紹介したクライマックスを迎える。さまざまな経緯で濁世(じょくせ)に容(い)れられなかった多様多彩な豪傑たち(女性もいちおう数人含まれる)の群像劇、それが原本『水滸伝』の魅力といってよい。読者(特に男性の)は彼らの誰かに自分を重ねて共感しつつ楽しむことができる。
第72回以降の物語の終盤で彼らは徽宗に帰順して国軍に編入され、異民族からの国土防衛や民衆反乱の鎮圧にあたる。しかし宋江は非業の死を遂げ、他の者たちは戦死や離脱により四散していく。つまり後日譚にすぎない。
翻訳として定評があるのは岩波文庫の吉川幸次郎・清水茂の『完訳 水滸伝』全10巻。ふたりは師弟関係にある中国文学者でともに京都大学教授。原文を正確に読解しつつ、日本語として読みやすい文章に仕立てている。近年、清水に学んだ小松謙が詳細な語釈をつけた『詳注全訳水滸伝』全13巻を汲古書院から刊行しつつある(2026年3月時点で第6巻まで)。

檄文をしたためる宋江(織田裕二)。
毎週日曜午後10:00より放送・配信中 放送:WOWOW、配信:WOWOWオンデマンド、Lemino
北方『水滸伝』の特徴
北方『水滸伝』は、これとはずいぶん筋立てがちがう。北方謙三氏が原本『水滸伝』を題材に、登場人物たちに独自の造形を施して組み立て直した創作なのだ。宋江が濁世に憤慨して書いた檄文(げきぶん)のタイトル「替天行道」は、原本『水滸伝』でも彼のモットーだが、物語のはじめから予定されていたものではない。たまたま黄泥岡事件に巻き込まれて鄆城(うんじょう)県の職を追われたために、やむなく梁山泊の頭目となってならずものたちを束ねる際に掲げた訓示なのだ。「天に替わって道を行う」、すなわち自分たちが正義を代行しようという呼びかけだった。「月にかわっておしおきよ!」という美少女戦士漫画があるが、それと同じである。
北方『水滸伝』ではその布教者として僧侶魯智深が冒頭から活躍するが、彼の前身は原本ではさきほど紹介したように提轄(ていかつ)という職階の軍人で、肉屋を殴り殺してしまったことから放浪の身となる設定である。宋江ともまだ知り合っていない。このように原本の彼は直情径行、考えるより先に手が出てしまうタチで、ひとことでいえば乱暴者なのだが、北方氏は宋江の密使として諸国行脚(あんぎゃ)する僧で、思慮と機知に富んだ性格へと作り変えている。
晁蓋もまた、原本では日本でいえば村の庄屋(宋で保正〈ほせい〉と呼ばれた役職)だった人で、劉唐(りゅうとう)という男に生辰綱を奪う計画に誘われるまではまっとうな良民だった。そのアダナ托塔天王(たくとうてんのう)とは民衆文芸に登場する神の名で、仏教の毘沙門天と同一視される。毘沙門天は護法神(仏教の守護神)であり、かつ上杉謙信の旗印として日本でも認知度の高い軍神でもあった。晁蓋の造形はここに由来すると見る説もある。ただし彼自身は軍略に弱く、曾頭市(そうとうし)でのいくさで討ち死にしてしまう。
一方、北方『水滸伝』では保正は世をしのぶ仮の姿で、当初から世直しの軍資金のために盧俊義(ろしゅんぎ)に闇塩を作らせる裏の顔をもっている。そんななか、宋江の「替天行道」に感銘を受けて同志の契(ちぎ)りを結ぶのだ。
なお豪商盧俊義は原本では前半まったく登場せず、晁蓋没後にその存在と人柄を聞き知った宋江が謀略を尽くして仲間に引き込み、彼につぐ席次につける設定になっている。が、第71回の全員集合までたいして活躍せず、なんでこの人が宋江に次ぐ序列2位なのかが理解できない(そのあとはいろいろ戦果をあげるが)。彼の従者燕青(えんせい)も、したがって盧俊義とともに第60回まで出てこない。彼らについても北方氏は大幅な役割変更を施している。
と、あげていけばキリがないが、原本が宋江物語のまわりに次々にちがう話がくっついてできあがったため、肝心の黄泥岡事件に至る道筋があまりにも長くなっているのを、北方『水滸伝』では早く物語の核心にはいるため、そして早く重要人物たちを登場させるため、根本的な改変・改編がなされたのであろう。近代的な意味での小説としてはこれで首尾一貫して主題が見えやすくなり、読者は冒頭の場面から心をつかまれる仕掛けになっている。