著者北方氏自身も語るように、もう一つ重要なのは闇塩の件だ。中国歴代王朝は塩の専売制をとっており、原価と売価の差益を大きな収入源としていた。しかしそれは庶民にとっては生活必需品を理不尽に高くされていることを意味し、安価な闇塩の流通がいつの時代もやまなかった。官憲に対抗すべく闇塩運搬業者は武装せざるをえず、販売の必要から裏社会とのつながりも生まれる。取り締まりがきつくなれば挙兵蜂起することもあり、闇塩業者の黄巣(こうそう)が9世紀に起こした反乱は、かの唐王朝を滅ぼすきっかけとなった。北方氏はこうした史実を活かして、蔡京政権のもとであえぐ民衆の代弁者として晁蓋・盧俊義を造形している。
さらにもう一つ、原本にはない青蓮寺(せいれんじ)という政府の公安機関。その総帥袁明(えんめい)と反乱対策担当の李富(りふ)が、恐るべき敵役として新しく造形された。代わって高俅はいささか間抜けな軍人として矮小化されてしまっているが……。なお「寺」は宋では官庁の種類でもあり、仏教寺院とは限らない。
以上、北方謙三氏の熱がこもった『水滸伝』は、原本とはまた異なる魅力を放っている。
“叛逆の英雄”晁蓋(反町隆史)とその一派
毎週日曜午後10:00より放送・配信中 放送:WOWOW、配信:WOWOWオンデマンド、Lemino
連続ドラマ「北方謙三 水滸伝」
と、ここまでが長くなってしまったが、今回のドラマについて。
私(小島)は宋の思想の研究者だ。世界史教科書に名の載る人でいえば、王安石(おうあんせき)とか朱熹(しゅき。朱子の本名)とかの著作を日々読んでいる。そんな私にドラマの時代監修の依頼があり、即答で引き受けた。
というのは、生来の『水滸伝』ファンだからである。子供向けの世界文学全集で『三国志』と『水滸伝』が同じ巻に収められていて、この1冊を特に気に入りなんども繰り返して読んでいた。長じて吉川英治の『三国志』と『新水滸伝』を読み、吉川ファンになるとともにこの2作への愛着が深まる。
現在の日本では『三国志』のほうが圧倒的な人気だが、私は『水滸伝』推しで通してきた。『三国志』は為政者どうしの権力闘争がテーマで、「俺が俺が」の世界である。曹操(そうそう)・劉備(りゅうび)は言わずもがな、忠義づらしている諸葛孔明(しょかつこうめい)でさえ、「漢王朝の復興」という美名のもとに無関係な四川省の人々を何度も遠征に連れていき、何万という戦死者を出しても諦めないのは、民衆の命を守るべき政治家として失格なのではないか。
対して『水滸伝』は圧政に苦しむ庶民の視線で描かれているので、あくどい役人が痛めつけられる場面を読むのが私には快感だった。小学生の時にさる民放テレビでドラマ化されたが、登場人物の描きかたに物足りなさを感じ、研究の道に進んでからはいつかドラマの時代考証をしたいものだと思っていた。今回ささやかなりとも手伝えたことで、長年の夢を実現できたしだいである。
私が当時の絵などをいろいろ見せながら説明すると、スタッフの人たちは熱心に耳を傾け、あれこれと質問を発してくれた。テレビドラマという映(うつ)り・映(ば)えが大事なジャンル、それにそもそも原本『水滸伝』自体アクション描写がおおげさなので、史実とはかなり異ならざるをえないけれど。
それに、小説が成立した17世紀には社会の仕組みも12世紀とはちがっていた。日本でいえば鎌倉時代の事件なのに江戸時代を舞台に描くようなものだから、登場人物たちのふるまいかたも宋の人どおりではない。しかも今回原作としているのは北方『水滸伝』だから、そこに現代日本が投影されてもいる。そんなこんなで宋そのままの再現というわけではないけれど、服装や食物はスタッフからの問い合わせに私なりに調べ直して回答した。小道具として一瞬だけ映る手紙や張り紙のたぐいもできるだけ当時の実物に近づけようと、翻訳作成に留学生の助力を得た。第1話で林冲宛の書状冒頭に「高俅大将」と書かれているのは実際にはありえない(目下の者が上司の本名をしるすのはタブーだったから)ことだが、「ああ高俅のところからだな」とわかりやすくするための方便と受け取っていただきたい。
脚本は藤沢文翁氏の創作で、北方『水滸伝』にもとづきつつもかなり大きな改編がされている。これに若松節朗監督の映像美学が彩りを添える。特に女性の描きかたが北方氏と異質なのでご注目を。視聴者の心を初回でつかむため、北方『水滸伝』よりさらに踏み込み、初回でもう宋江と晁蓋を会わせてふたりが梁山泊を見つめるシーンで終えている。
配役がまた豪華だ。宋江が織田裕二、晁蓋が反町隆史というのは「踊る大捜査線」と「相棒」双方の愛好者にはたまらない。青島俊作と冠城亘(かぶらぎわたる)のコンビだからだ。最大の悪役たる李富を、善人を演じることが多い玉山鉄二が担当するのも見ものである。
史実の徽宗・蔡京政権はさして極悪でも腐敗していたわけでもないのだが、そうした細かなつっこみを入れるのはとりあえず差し控え、私も視聴者として連続ドラマ「北方謙三 水滸伝」を楽しんでいきたい。
槍の名手、林冲(亀梨和也)
毎週日曜午後10:00より放送・配信中 放送:WOWOW、配信:WOWOWオンデマンド、Lemino