最高値を更新した金価格
金価格(ロンドン市場、現物価格)は、第2次石油危機後の1980年1月に当時としては、それまでで最高値となる1トロイオンス(31.103g)当たり870ドル(以下同じ)を付けた後、80~90年代にかけて約20年間にわたる長期下落傾向を示した。しかし、99年7月に252ドルの安値を付けたあとは上昇傾向に転じ、2001年9月のアメリカ同時多発テロ発生や03年3月のイラク戦争開戦を契機に次第に価格が跳ね上がって、08年3月には1023ドルと最高値を更新した。その後、ヘッジファンドの換金売りなどによっていったん反落したものの、08年秋ごろからは再び上昇して、最近の09年3月下旬では950ドル前後の高値圏で推移している。「国際通貨」としての金は廃貨の方向
1971年8月に、アメリカのニクソン大統領が、欧州各国への金流出に対抗して金とアメリカドルの兌換(だかん)を一方的に停止する措置を発表するまで、第二次世界大戦後の国際通貨基金(IMF)=ブレトンウッズ体制の下における金は、基軸通貨としてのドルの価値を保証する究極の国際通貨であり、その公定価格は1トロイオンス35ドルと定められていた。「ニクソン・ショック」の後、同年12月に開催されたスミソニアン会議では、金の公定価格は38ドルに切り上げられたが、アメリカ政府はドルと金の交換性回復を約束しなかった。そのため、ドルの価値が下がるのではないかという不安を背景としたドル売り投機は収まらず、73年2月以降、金の公定価格が42.22ドルに再切り上げされるとともに、日本円および欧州主要通貨はドルに対する変動為替相場制度に順次移行した。一連の出来事は、戦後長い間続いたドル覇権の終焉(しゅうえん)ととらえられ、自由金市場における金価格は、公定価格をはるかに上回る水準へと上昇していった。自由金市場での金価格が高騰を続ける中、アメリカがとった戦略は、国際通貨としての金を「廃貨」することであった。そうしたアメリカの通貨戦略に呼応して、75年6月には、IMF暫定委員会が、国際通貨制度における金の役割を軽減することや、金の公定価格を廃止することなどを決定した。さらに、76年1月のキングストン合意では、IMF加盟国は「金本位制以外のいかなる為替制度」をも選択できると定められた。
「インフレヘッジ手段」としての金
ところで、金は宝飾品として重用されるほか、産業素材として電子部品などにも使用されるように、それ自体として価値を有する商品である。また、資産運用の対象としてみると、利子や配当を生まない代わりに、天変地異が起きても絶対に破産しない「安全資産」であり、財やサービス価格が持続的に上昇するインフレーションの下では、預貯金などと違って実質価値が低下しない格好の「インフレヘッジ手段」でもある。国際通貨としての金が「廃貨」された後も金価格が上昇を続けたのは、1979年1月のイラン革命を契機として第2次石油危機が発生し、原油価格が急騰した中で、「インフレヘッジ手段」としての金が買われたためであった。しかし、80年代に入り世界的なディスインフレ局面に転じると、金ブームは一挙に崩壊した。さらに、90年代に入るとヨーロッパ各国の中央銀行による金売却が相次いだこともあって、金価格は長期的な低迷状態に陥った。
その後、2000年代に入ると、(1)ITバブル崩壊後におけるアメリカの金融緩和政策に伴う過剰流動性、(2)同時多発テロの発生およびイラク戦争の開始に伴う「地政学リスク」の増大、(3)中国やインドなど新興工業国の需要増大などを背景として、原油のみならず穀物、金属などの国際商品価格が一斉に上昇傾向に転じ、世界的なインフレ懸念が次第に台頭してきた。そうした中で、金価格が再び上昇傾向をたどるようになったのである。
「サブプライムローン」問題と金価格
2007年夏ごろから表面化したアメリカの「サブプライムローン」問題に伴い、株式市場や債券市場などから流出した資金が、原油市場や穀物市場とともに金市場にも大量に流入して、金価格の上昇に拍車が掛かった。08年3月にアメリカの証券大手ベア・スターンズが経営危機に陥った際には、信用不安の高まりから「安全資産」としての金が買われて、金価格はついに1000ドルの大台を超えた。08年9月に同じくアメリカの証券大手リーマン・ブラザーズが破綻して世界的な金融・経済危機へと事態が急変すると、原油や穀物などの国際商品価格は大幅に反落した。一方、ヘッジファンドの利食い売りなどによって08年3月の最高値からいったん下落した金価格は、08年秋頃から再び上昇して、依然として高値圏で推移している。「サブプライム・ショック」に対処して、アメリカをはじめとした各国政府が財政赤字を急膨張させ、各国中央銀行が大胆な金融緩和を相次いで実施していることが、国家や中央銀行の信用を裏付けとした国債や名目通貨に対する信認を低下させ、投資家を「安全資産」としての金に向かわせているためと見られる。国際基軸通貨であるアメリカ・ドル、そして、その代役を期待されるユーロへの信認が失われるとき、金は輝きを増すのである。
ディスインフレ
ディスインフレーションの略。インフレーションから抜け出したが、デフレーションにはなっていない、一歩手前の状態のこと。