世界金融危機とフリーフォール
2008年9月15日、アメリカの大手投資銀行リーマン・ブラザーズが破綻、これを契機とする金融危機は大津波となって国際金融市場はむろん各国経済を急襲、世界経済を奈落に突き落とした。「100年に1度」とか「未曾有」の危機といわれる「暗く不安なトンネル」の中に世界経済は陥った。危機の震源地のアメリカはもとより、ヨーロッパ、日本の先進経済ならびに中国など新興諸国の政策当局は、矢継ぎ早に大規模かつ迅速な景気対策を金融、財政両面から全開にした。
各国中央銀行は巨額な流動性供給策を手始めに、異例な超金融緩和策と金融安定化策を大々的に展開した。とくにアメリカは前代未聞の金融危機打開策を積極的に発動した。FRB(連邦準備制度理事会)は第二次世界大戦後初めて政策金利を実質ゼロ金利にまで引き下げたほか、これまた史上初の量的緩和策という非伝統的政策に踏み切った。また、政府は7000億ドル(約67兆円)の不良債権処理を中心とする大規模な金融安定化策を講じた。この間、09年1月に誕生したアメリカのオバマ政権は、総額7872億ドルの巨額な財政支出を盛り込んだ景気対策を発動、これに倣い、日欧諸国も景気浮揚を狙った大型の財政出動措置を相次いで決定。とくに08年11月に中国は、米日欧に先駆けて総額4兆元(約58兆円)の大財政出動に踏み切った。
08年秋以降の金融危機が世界経済の実体面に与えたインパクトを最も象徴するのは、各国のGDPの急激な落ち込みである。08年10~12月、09年1~3月のGDP成長率(実質・前期比年率)をみると、アメリカはおのおのマイナス5.4%、マイナス6.4%、ドイツはマイナス9.4%、マイナス13.4%、そして日本はマイナス13.1%、マイナス11.7%と、まさに「フリーフォール(自由落下)」状況を呈した。
新興経済の雄・中国の実質成長率はマイナス転落がなかったが、08年7~9月の9.0%から08年10~12月、09年1~3月にはおのおの6.8%、6.1%に減速を余儀なくされた。中国の場合、政治的、社会的な安定を維持するためには8%成長が至上命令とされるから、この成長減速は中国政府にとっては受け入れ難いことだった。
09年年央には「希望の光」見える
ところが、09年4~6月に入ると世界の景気最前線に明るい兆候が目だってきた。4月10日にオバマ大統領は記者会見で「かすかだが、希望の光が見えてきた」と景気が底に近づきつつあると示唆した。09年3月9日に12年ぶりの最安値6547ドルを付けた株価(NYダウ)が4月9日には8000ドル台を回復した。こうした景気底入れの要因は三つある。一つは、フリーフォールに直撃された各国の企業が在庫調整に一斉に傾注し、09年春ごろにそれが一段落してきたことである。二つは、各国が世界的ニューディール政策の掛け声(G20の金融サミット宣言)のもと、前代未聞の大規模な金融安定化策、金融緩和策そして財政大出動を全開させてきたことだ。そして三つは、BRICsの株価がG7に先駆けて09年1~3月に底を打ち、先行して上昇に転じたことに加えて、中国経済が底固い動きを見せたため、新興経済には世界経済を支え引っ張るパワーがあるのでは、との強い期待感が広がってきたことである。
いずれにせよ、これら三つの要因によって08年秋以降、未曾有のフリーフォール状況に陥った世界経済はほぼ9カ月を経て、09年年央には「底入れ」を見せた。09年8月21日にはFRBのバーナンキ議長は「大恐慌以来の深刻な危機が引き起こした景気後退はいま終局を迎えている」との見解を示した。
アメリカに依存する日本の景気回復
それでは日本の景気回復はどうなるのか。この問題に答えるには、日本経済や日本の景気を左右あるいは決定する基本的要因とは何かをまず明らかにしておく必要がある。多くの人は日本の景気を決定づけるのは、政府の景気対策とか日銀の金融政策などではないかと考えがちだ。少なくとも政策当局の財政金融政策が日本の景気に100%ではないものの、50%前後は関係すると考えているはずである。だが、日本経済の決定要因は大別すると7割前後が海外要因、残る3割前後が国内要因なのである。前述の日独米のGDP実質成長率の「落ち込み度」を比較してみれば、意外な事実に気づく。危機の震源地のアメリカの落ち込み幅に対して、サブプイム問題の災禍がほとんどなかった日本が、アメリカの2倍のマイナス成長という大打撃を被っているのだ。被害が比較的少なかったドイツもほぼ日本に近い大打撃を受けた。
これは日本もドイツも産業構造が輸出主導型になっているため、今次危機に伴う輸出の激減が両国を直撃し、フリーフォールに突き落としたのだ。日本の有力企業のほとんどが輸出型企業であり、その傘下や取引関係に膨大な一次、二次、三次の関連企業や下請けが連なっている。だから、輸出が減少すると、それは次々と関連諸企業群の生産、売り上げ、利益さらに雇用、賃金に下方効果を加え続ける。日本の株式市場が「円高」にとりわけ過敏なのは、円高が日本の多くの企業群に広範かつ深刻な打撃を「輸出採算悪化」を通じて及ぼすからだ。
「フリーフォール後」に日本の景気回復がどうなるかは以上の意味で、日本の輸出環境を定める世界経済の回復がどうなるかに強く依存する。この文脈において、今後のアメリカ経済の行方いかんが日本景気の行方を探る上で重要になる。なぜならば、中国は世界成長の牽引(けんいん)役としてまだパワー不足である以上、世界経済を最も強く左右するのはいまなお、アメリカ経済だからだ。
(後編に続く)