戦略的、総合的なオバマの経済対策
2009年2月、オバマ政権は強力な経済対策を打ち出した。総額約7870億ドルに上るアメリカ再生・再投資法(American Recovery and Reinvestment Act ARRA 景気対策法)である。その柱は、(1)需要追加の景気対策、(2)セーフティーネットの拡充、(3)地方政府の支援、(4)成長産業の創出、の四つである。
最大の特徴は、短期的対策のみならず、成長戦略を含めて長期的視野に立った対策まで幅広く、戦略的かつ総合的な取り組みを盛り込んだ点にある。四つの分野ごとに主な施策を整理すれば、(1)景気対策では高速道路や高速鉄道の整備や個人減税、(2)セーフティーネットでは貧困家庭への食料支援や教育・医療支援、(3)地方政府では財政支援、(4)成長産業の創出では自然エネルギー投資減税や次世代送電線網の整備、すなわちスマートグリッドが指摘されよう。
アメリカ経済は今なお「最悪期」
積極的な経済対策が実施に移される中、2009年春以降、株価は上昇に転じ、アメリカ経済は最悪期を脱したとの見方が広がった。しかし、実体経済の悪化に歯止めがかからない。端的な例が雇用情勢である。まず、失業率は09年8月に9.7%と1983年以来の悪化となった。さらに、就業意欲はあるものの就職を諦めて就職活動をしなかった結果、失業者にカウントされず非労働力人口とされる人などを含めた広義失業率は、同月には16.8%に上る。6人に1人が失業している計算になる。
一方、2009年6月の食料給付受給者数は3512万人に達した。08年初までの2600万人前後からの増加数は1000万人規模に及ぶ。
加えて09年に入って後、個人破産件数の増勢が加速し、8月は前年同月比で24%増加した。いずれも趨勢(すうせい)的悪化が続いており、景気の底入れや回復の兆しは見当たらない。
次いで、今回の経済危機の発端となった住宅市場を見ると、中古住宅の在庫戸数は09年1月の361万戸を底として逆に増加し、7月には409万戸に達した。過去四半世紀にわたる平均在庫戸数より2倍近く多い。ローン破たんの増加に伴う競売件数の増加が主因である。新築住宅が減っても中古住宅の供給圧力が大きく、住宅価格の先行き下落期待は容易に払拭されない。ちなみに、中古住宅の在庫調整が進み従来の平均在庫水準に戻るまでの期間を試算すると、理想的推移を前提にしても今後1年前後かかる。
加えて、ショッピングモールやホテル、オフィスなどの商業用不動産で価格下落がこのところ加速した。前年比で見た09年4~6月期の価格下落幅は、住宅用不動産の-16.6%に対して、商業用不動産は-26.9%に及ぶ。所得・雇用環境の悪化に伴う個人消費の低迷を中心とする景気の悪化が根因である。
企業倒産件数も08年半ば以降、増勢が加速している。09年4~6月期には1万6000件と、住宅価格がピークとなった06年央の5000件前後から3倍強に増えた。
こうした実体経済の悪化は不良債権の増加を通じて金融システムの動揺に作用し、再び信用仲介機能の低下を通じて実体経済のさらなる悪化にフィードバックされる懸念が大きい。
すでに金融資産に占める不良債権の比率は、リーマン・ショック直後の08年末以降、毎期過去最悪を更新し始め、09年4~6月期には2.65%と大幅に悪化した。加えて、破たん銀行の増勢も一段と加速している。破たん銀行数は08年の25行から、09年1~3月期に21行、4~6月期に24行となり、7~8月には39行に上った。
実体経済の悪化は民間部門のみならず、公的部門にも打撃を及ぼし始めている。端的な例が、カリフォルニア州を始めとする各州財政である。アメリカの場合、連邦政府は赤字財政が許されるものの、州政府は均衡財政を崩せない。そうした情勢下、景気悪化に連動して税収が落ち込む一方、歳出圧力は増大している。しかし、教育や医療など住民への基礎的サービスに削減余地は小さい。
例えばカリフォルニア州では、09年7月末に、小中学校など教育予算の削減を中心に州議会と州知事が合意した。しかし、教職員は州政府でなく市町村など基礎自治体に所属する。合意通りに教職員組合と基礎自治体が妥結するか、依然予断を許さぬ状況である中、月を追って税収減が深刻化している。
研究開発投資に見るアメリカの底力
アメリカは未曽有(みぞう)の経済危機に陥った。危機が深刻なだけに積極的政策は不可欠だが、強力な対策を打ち出せば歳出規模は拡大する。09年5月にアメリカ議会予算局が公表した試算では、09会計年度のアメリカ連邦政府の財政赤字はGDP比-13.1%に達する見通しである。巨大な財政赤字はドル安や金利高を招く懸念が大きい。景気悪化が深刻化する中、すでに中長期金利は08年12月半ばを底として上昇している。一方、物価動向を見れば、消費者物価、生産者物価ともに月を追って下落ペースが加速している。その結果、名目金利から物価上昇率を差し引いた実質金利は一段と上昇しており、景気対策の効果が減殺されるリスクが大きい。
アメリカ経済再生への道は平たんではない。住宅バブルでアメリカ経済が被ったダメージが大きいからである。不動産価格の上昇が借入金の上限を引き上げ、多くのアメリカ人が給与所得を上回る豊かな生活を享受した。しかし、その原動力となったホーム・エクイティー・ローン(自宅の時価と住宅ローン残高の差額を担保にして融資を受けるローン)を始め新たな金融ツールが破たんし、莫大な債務が残った。09年に入ってからの貯蓄率の上昇は、アメリカ経済が過剰消費・過剰債務体質から正常化に向かう第一歩といえよう。
アメリカの過剰消費は、日本を含めた世界経済の牽引(けんいん)役を長年にわたって果たしてきた。当面、正常化へのプロセスは不可避であり、過剰消費体質からの脱却は各国経済に大きな影響を及ぼそう。世界経済の牽引役としてアメリカ経済に過大な期待を寄せることは難しい。
しかし、アメリカは、ニュービジネスや情報力を始め、様々な分野で今日でも世界最強である。自然エネルギーやバイオ・医療分野を中心に、近年、研究開発投資が盛り上がる一方、連邦政府・各州政府とも成長戦略の要としてこれらを力強く後押ししており、強さに一段と磨きがかかっている分野も少なくない。経済・産業の復活を含め、超大国アメリカの行方が改めて注目される。