相次ぐ取引所統合の発表
金融危機によって一時的に下火となっていた取引所の世界的な合併再編が再び活発化してきている。11年2月9日には、ロンドン証券取引所グループとカナダのトロント証券取引所を傘下に持つTMXグループが合併に合意したことを発表し、その数時間後には、今度は欧米で複数の取引所を運営するNYSEユーロネクストとドイツ取引所が同じく合併交渉を進めていることを発表した。
再編の動きはアジアにも広がっている。最終的にはオーストラリア政府が合併を拒否したが、10年10月からシンガポール取引所とオーストラリア証券取引所が合併の交渉に入っていた。また、国境を越えた統合ではないものの、日本でも東京証券取引所と大阪証券取引所が統合について前向きな検討を行っていることが報じられている。
グローバル化、複合化する取引所
今回、NYSEユーロネクストとの統合を目指しているドイツ取引所は、ドイツ最大の取引所であるフランクフルト証券取引所を運営する取引所グループである。傘下にはスイス取引所(SIX Swiss Exchange)と合弁で運営する派生商品取引所のユーレックス、アメリカの派生商品取引所のインターナショナル証券取引所、清算決済機関であるクリアストリーム・インターナショナルを有し、また、自市場だけでなく他市場向けにもシステムを提供・運営する大規模なシステム部門を保有するなど総合的な取引所グループである。一方のNYSEユーロネクストは、07年にニューヨーク証券取引所を運営するNYSEグループとヨーロッパで複数の取引所を運営するユーロネクストの合併によって誕生した大西洋をまたぐ巨大取引所グループである。ユーロネクスト自身も元々はフランスのパリ証券取引所、オランダのアムステルダム証券取引所、ベルギーのブリュッセル証券取引所の統合により2000年に誕生した国際的な取引所である。その後、02年にはポルトガルのリスボン証券取引所を統合、さらに同年、イギリスの派生商品取引所のLIFFEを買収し、現物と派生商品の両方の取引所を抱える総合的な取引所グループとなった。
NYSEユーロネクスト以外の国際的な取引所グループとしては、ナスダックOMXがある。ニューヨーク証券取引所と並ぶアメリカの取引所であるナスダックと、北欧諸国で複数の取引所を運営するOMXとが、07年に統合してできたグループである。今回、ドイツ取引所に対抗して、派生商品取引所のインターコンチネンタル取引所と共同で、NYSEユーロネクストに買収提案を行ったが、NYSEユーロネクストの経営陣や株主から戦略に合わないなどの理由で一旦拒否され、条件を変更して再度提案を実施している。
新規勢力の参入で競争が激化
近年の取引所の統合の背景には、金融取引の電子化とグローバル化、そして、取引所ビジネスの競争激化がある。取引所は統合することによって経営の効率化を追求し、さらに地域や商品の幅を広げることで、収益の多様化と安定化を目指しているのである。取引所は本来、証券を売買したい人が集まって取引をする「場所」であったが、電子化によって物理的な証券やそれらを取引する場所を必要としなくなった。さらにネットワーク技術の進展により、世界中どこからでも取引が可能となり、取引する投資家のグローバル化も進んだ。
コンピューター技術の急速な進展により、システムさえあれば誰でも取引所と同じサービスを提供できるようにもなった。各国の制度によってATS、ECN、PTS、MTFなどと呼ばれている代替的取引システムの新規参入も活発化、競争が激化している。取引所の独占的な地位は急速に低下してきており、最も競争が激しいアメリカでは、企業が上場しているメーンの取引所での売買は、その他の市場での売買も含めた全取引の僅か3割にまで低下している。07年の規制改革により新規参入が活発化したヨーロッパでも、メーンの取引所のシェアは、現在、6割から7割にまで低下してきている。シェアの低下だけでなく手数料も競争によって引き下がってきている。取引所間の競争に勝ち残るためには継続的なシステム投資が必要であり、収入と費用の両面で厳しい状況にさらされている。
資金の効率化が利用者のメリットに
このように取引所の統合再編は、もっぱら取引所の経営者や取引所の所有者(株主)の観点から実施されていると言えるが、利用者の立場でみるとどのような変化があるのだろうか。取引所からは、統合によりシステムの効率化や投資対象の選択肢の拡大が利用者には期待できるなどと主張されている。しかし、現在では利用者が使っている取引システムは、特別な専用端末やソフトウェアを必要としないオープンアーキテクチャーが採用されており、どこの取引所でどんな商品を取引する場合でも、利用者は全く意識することなく取引することが可能となってきている。つまり、統合しようがしまいが大部分の利用者にとってはこの点ではほとんど変化がないといってもいいだろう。一方で、派生商品取引や取引後の清算・決済が統合される場合には、複数の市場や清算・決済を利用する場合と比べて、取引に必要な担保資金や決済資金の効率化が期待できるだろう。
上場企業からみた取引所の統合はどうだろう。取引所が主張するように、複数地域への上場手続きの簡素化によるメリットはそれほど期待できないだろう。ヨーロッパ域内のように各国の上場制度が統一されているような場合を除いて、同じグループ内の取引所といえども、それぞれの地域・国の制度に従った上場手続きが必要となるからだ。また、そもそも複数市場への上場自体が、取引がグローバル化している現状ではあまりニーズがなくなってきているという面もある。
競争による利用コストの低下に期待
一方でデメリットについては、寡占・独占による弊害が容易に想像される。手数料の硬直化や、システム投資の削減などによる直接的及び間接的な利用者のコスト負担の増加である。しかし、アメリカの例にみるように、過去に統合により取引所の寡占化が進んだ際、再び新規参入が活発化して弊害の発生を抑えるという現象がみられた。したがって自由な参入を認める制度の下では、この点は心配する必要は小さいと言えるだろう。むしろ、統合で取引所が競争力を高め、更なる競争に踏み出すようになることによって利用者のコストが一段と下がることも期待できるかもしれない。ATS
alternative trading systemの略称。代替的取引システムと訳される。アメリカの規制で利用されている名称
ECN
electronic communication networkの略称。電子取引ネットワークと訳される。電子的な取引システムを指す言葉として広く利用される場合もあるが、アメリカの規制上は、ATSのうちオークションの仕組み等を利用し価格発見機能を持つものの名称。
PTS
proprietary trading systemの略称。私設取引システムと訳される。アメリカでは初期の段階で新規参入のシステムを一般的にこう呼んでいた。日本の規制で現在利用されている名称。
MTF
multilateral trading facilityの略称。多角的取引施設、多角的取引システムなどと訳される。ヨーロッパの規制で利用されている名称。
代替的取引システム
電子的なシステムとネットワークを利用して取引所と類似の売買サービスを提供するもの。取引所に上場されている流動性の高い銘柄を取引対象としたり、特定の投資家や取引に限定してサービスを提供するなど、取引所が提供するサービスの一部を取り扱う(代替する)ものが多く、規制上は取引所とは別に定義され監督されている。近年、アメリカのBATSグローバル・マーケッツやディレクト・エッジのように代替取引システムから取引所に転換するケースも出てきている。