消費税アップはやむを得ない?
いよいよ消費税の増税が実施されることになりそうである。野田佳彦内閣は2012年1月6日に「社会保障と税の一体改革大綱素案」を発表したが、その中で消費税の税率を14年4月に8%、15年10月に10%に引き上げることが示された。消費税を10%まで引き上げることに関しては、すでに「社会保障・税一体改革成案」(11年6月30日)や「2012年度税制改正大綱」(11年12月10日)においても指摘されていたが、具体化に向けた議論は「社会保障と税の一体改革」に任せられていた。それが今回の素案で具体的に示されたことになる。
日本の国家財政が毎年度大幅赤字を出しており、普通国債残高が12年度末で709兆円になることを考えるならば、増税はやむを得ないであろう。そのうえ、11年3月11日に東日本大震災が発生し、復旧・復興に多額の財政支出が予定されることも、増税の必要性を高めている。
したがって、今回の消費税の増税については、政府の思惑通りに導入・実施される可能性が高くなった。しかし、客観的に今回の消費税増税を評価してみると、無視することができない問題点がいくつも存在している。そのため、増税の時期を遅らせることも考慮したうえで、制度の見直しなどの対策を実施したほうが望ましい。
景気への悪影響
まず、問題点の第1は、世界的な不況が生じる可能性が高いときに増税を行うというタイミングの悪さである。11年春にギリシャの財政危機が再燃し、それをきっかけに、欧州連合(EU)の共通通貨であるユーロの下落が生じた。また、8月には世界で最も安全な金融資産とされていたアメリカ国債の格付けが、格付け会社のスタンダード・アンド・プアーズ(S&P)によって引き下げられ、ドルの下落も生じた。さらに、ヨーロッパの不況により中国やアジアの輸出が減少し、それまでの高い成長率が一気に落ち始めている。まさに、世界規模での不況が生じる危険性が高まっている。
現在は小康状態であるが、欧米の経済は小さなほころびが生じても再び大きな混乱に陥る可能性が高い。そのような状況で増税を行い、景気を不当に悪化させたならば、日本の政府は国際的な非難を浴びることになるであろう。
税金の使い方として異例
問題点の第2は、増税が消費税によって行われ、しかも、その消費税は全額、社会保障4経費(年金、医療、介護、少子化対策)に充てられることになったことである。これは、消費税が社会保障の財源として目的税化していることを意味する。しかし、公的年金や社会保険あるいは介護などの社会保障の財源が不足する場合、その穴埋めのために税を投入するということは好ましくない。
なぜなら、それらの財源は本来、保険料で調達する必要があるからである。社会保障関係費を保険料でまかなう制度がありながら、財源が足りないから税金で埋めるという考え方は安易だし際限がなくなる。もし公的年金や社会保険の財源が保険料以外の財源によって確保できるのであれば、間違いなく年金の給付額の増額や、医療・介護サービスの過剰な引き上げなどの無駄遣いが行われる。さらに、消費税の増税分をすべて社会保障に使用することになったが、国と地方の基本的な財源を確保するための消費税を、社会保障に限定して利用するのは、税金の使い方としては異例であり、好ましくない。社会保障に使うのだから増税を認めてもよいという考え方は、租税原則からみると誤りである。
弱い立場にしわ寄せが行く
問題点の第3は、消費税を10%へ引き上げると、5%のときには軽視あるいは無視されていた、消費税に関する問題が顕在化することである。中でも、「逆進性の問題」と「消費税の転嫁の問題」は、あらかじめ対策を立てておくことが望まれる。逆進性の問題とは、消費税は税率が一律にかけられるので、所得の低い人ほど消費税の負担が重くなるという問題である。税率が低いときにはそれが目立たない。しかし、消費税の税率が10%に引き上げられると逆進性の問題が表面化することから、その是正策が必要になる。
消費税と同じタイプの付加価値税を導入しているヨーロッパでは、付加価値税の税率は1種類ではなく、食料品など日常生活への支出には軽減税率を適用するなどの複数税率が採用されている。だが、今回の一体改革の素案では、「単一税率を維持する」と明文化されている。したがって、逆進性の問題への配慮がなされないことを意味する。これでは、消費税の増税は弱者に負担を負わせることになってしまう。
消費税は生産や流通の各段階の付加価値に対して賦課される税である。消費税の転嫁の問題とは、生産や流通の各段階での消費税が次の段階の価格に上乗せされて、累積していく現象のことである。
日本には生産段階で下請け・孫請けといった系列が存在しており、企業間の力関係に格差が生じている。このような状況の下では、親企業が下請けや孫請けの中小・零細企業に消費税分を負担させる恐れがある。
したがって、現在の厳しい経済状況の下で、対策なしに消費税の増税を行ったならば、企業間の力関係の犠牲になり、多くの中小・零細企業の倒産を引き起こす原因となるであろう。あらゆる企業に正しい消費税の転嫁を行わせるためには、現在の転嫁の中身を明らかにしない帳簿方式から、ヨーロッパ型付加価値税のように転嫁の状況を明らかにする「仕送り状方式(インボイス方式)」に変更する必要がある。ただでさえ、大企業と中小企業、零細企業の間の賃金格差が他国より大きいのに、消費税の負担についても格差を大きくさせるのは好ましくない。帳簿方式の場合、非課税業者、免税業者からの仕入れも消費税が課されたとして処理される可能性がある。これが益税と呼ばれる現象である。それに対し、インボイス方式の場合、非課税業者、免税業者からの仕入れについてはインボイスが発行されないので、前段階の消費税の分を控除できないため益税は発生しない。ただし、課税事業者は免税事業者からの仕入れを避ける傾向が生まれるため、免税事業者は販路を失う可能性が高くなる。
歳出削減なしでは増税の意味がない
今回の消費税の増税が行われることになったのは、財政赤字を解消するためであるが、歳出削減と併せて行わない限り効果がないことを再確認しておく必要がある。民主党政権に代わってから政府の歳出規模は、自由民主党政権の時代より明らかに大きくなった。特に、12年度予算は特別会計を用いて一般会計の歳出規模を少なく見せているが、歳出規模の削減に失敗しており、実質的に歳出規模は膨張している。したがって、消費税の増税分をすでに先食いしている状況である。
これでは、消費税の増税を行っても、政府の規模を拡大させるだけで、財政赤字の縮小には至らないであろう。財政節度を守ってはじめて消費税の増税の価値が出てくるのである。