モノのネット化が社会を便利に
例えば、自動販売機など従来個々に管理されていた機器をネットワークにつなぎ、自動販売機の在庫情報や釣銭の状況を収集し、必要なタイミングで必要な商品数を補充することにより、作業時間の短縮や売り切れによる機会損失の減少、釣銭切れの防止の効果などを得られる。加えて、商品、曜日、季節、地域などタイミングや外部環境ごとの売上情報を取得できるため、自動販売機の設置場所の最適化や生産数の検討など、マーケティングに活用できる。自動車、家電、ロボットから、橋や建物などの施設まで、あらゆるモノの利用状況や状態がデータ化され、ネットワーク経由でクラウド上のコンピューターに収集され、観測できるようになる。さらに、この収集データを分析・処理することで、遠隔でモノの制御、自動運転、最適化などが実現できるようになり、新たな利便性をもたらす。このようなモノのネット化は急速に進んでおり、インターネットにつながるモノの数は、2013年時点で158億個(全世界で1人あたり約2個)であったが、20年までに約530億個(同約7個)まで増大する見込みである。
広がる産業分野でのIoT活用
IoTへの積極的な取り組みで、実用化を進めているのが産業界だ。建設業では、コマツが建設機械にセンサーを取り付け、所在地、車両状態、稼働状況に関するデータを携帯電話や通信衛星経由でサーバーに収集し、分析、活用している。建設機械の故障原因の推定が容易になり、修理の迅速化が図れることや、最適な点検時期の把握、部品交換など、顧客ごとの状況に応じた保守サービスを提供できるようになった。同時に、機械の盗難防止や製品の需要動向を予測できる。また、ドローン(無人ヘリコプター)で現場を測量して3次元データを作成し、完成図面データとの差異を計算し、施工データに基づきIT建機が自動的に作業をこなす取り組みも始まっている。これにより、作業に不慣れな若手でも熟練者と同じ作業ができ、また、少ないスタッフでの作業を可能にする。
農業分野では、気温、照度、二酸化炭素量、土壌の水分量などの情報を各種センサーで収集・分析し、栽培に利用することが進められている。農業従事者の個々の経験から得られるノウハウのみに頼らずに、農作物の収量の安定化・最適化を実現できる。また、農業従事者の高齢化、ノウハウの伝承といった日本の農業が抱える課題を解決する手段としても期待されている。畜産業では、牛の体温、脈拍、活動量を遠隔監視し、牛の分娩時期の予測を行う。分娩事故を削減でき、人手負担の軽減につながる。
介護分野でもIoTを取り入れたシステム開発が進んでいる。例えば、介護では排せつに関わる世話が大きな比重を占めるが、超音波センサーで被介護者の膀胱や前立腺、直腸をモニターし、膨らみや振る舞いの情報をもとに、排せつを事前予測できるウエアラブルデバイスが登場し、話題になっている。電気通信事業大手ソフトバンクの人型ロボット「Pepper」は音声情報を把握し、コミュニケーション可能なIoTを活用したデバイスのため、定期的な服薬や血圧の測定などを知らせ、ちょっとした異変をネットワーク経由で医師や介護士などに伝えることができる。
物流分野では、すでに、GPS(全地球測位システム)の位置情報を用いて、現在、車両がどこにあるのかなどの車両のリアルタイムの動態管理、輸配送の進捗(しんちょく)や倉庫内の商品のリアルタイム把握を行うことに活用されている。
老朽水道管の交換時期を予測
見えない分野で進む変化のため、実感がわかないかもしれないが、家庭など、我々の身の回りの分野にもIoTの利用は広がっている。家庭内のIoTを活用したシステムの代表としてはHEMS(Home Energy Management System)が挙げられる。電力使用量を可視化し、節電のための機器を制御、さらにソーラー発電などの再生可能エネルギーや蓄電器の制御なども行える。エネルギー管理に加え、家電などの最適制御はスマートハウスと言われている。
車の自動運転においてもIoTが重要になる。自動運転車が安全に走行するために、周囲の状況を収集する方法としてカメラ、ミリ波レーダー、LIDAR(ライダー、光を用いたリモートセンシング技術の一つ)など様々なセンサーが活用され、コンピューターのソフトウエアである人工知能を車に搭載し、人工知能が周囲を認識、判断、決定し、走行の制御を行うようになる。加えて、V2V(Vehicle to Vehicle;車車間通信)とV2I(Vehicle to Infrastracture;路車間通信)の活用により、クルマ同士、クルマと道路をネットワークでつなげて、事故防止、道路環境の変化の把握など、人間が出来なかった状況判断を実現している。
社会生活では、安心・安全の確保、高齢化の進展に伴う様々な課題を解決するためにIoTを活用する取り組みが始まっている。例えば社会インフラ。第二次世界大戦後の高度成長期に整備された橋梁や上下水道などは老朽化が急速に進んでおり、安全性の確保が課題となっている。水道、ガス、送配電設備にセンサーを設置し、振動や回転数、流量や温度など様々なデータを、携帯回線経由で遠隔地から収集し、収集したビッグデータを解析して、設備の破損を事前に予測することが進められている。事故を未然に防ぐ適切なメンテナンスや、保守コストの引き下げが可能となっている。
高齢化社会の進展に伴って表面化した諸課題の解決でも、IoTを活用して高齢者を見守る取り組みが様々なレベルで始まっている。自治体の取り組みでは、兵庫県伊丹市は、市内設置の防犯カメラに無線受発信装置を取り付け、高齢者には小型発信器を提供し、発信器を付けた人が防犯カメラの近くを通ると、スマートフォンのアプリで家族に位置情報を伝える。岐阜県郡上市では、一人暮らしの高齢者の家の水道メーターに専用機器を設置し、水道利用が2時間以上続くなどの異常が続いた場合、家族や近隣住民にメールで異変を知らせる。
ビジネスモデルすら変える
海外に目を向けると、IoTを活用して、ビジネスモデルそのものを変革する事例も生まれている。ドイツのエアコンプレッサーメーカーの例だが、納入先の工場では、コンプレッサーによって空気を圧縮して工場設備で空調、冷却、乾燥などに活用している。従来、エアコンプレッサーメーカーは空気圧縮機(モノ)を提供して対価を得ていたが、機器は無償で提供し、圧縮した空気の使用量に対して課金するビジネスモデルに変更した。圧縮機の稼働状況をIoTで把握することから可能となったビジネスモデルといえる。「モノのサービス化」により、一度きりのビジネス(フロー型ビジネス)から、サービスで対価を得るストック型ビジネスへとビジネスの形が変わり、メーカーは毎月安定した収入を確保でき、システムの運用、保守などを通じて顧客との関係性を継続できるようになった。一方、利用者サイドは圧縮空気の使用量に応じて支払金額が決まるため、固定費が変動費になり、景気変動に強い財務体制を整備することができる。さらに機器の運用・保守はメーカーが行うので、機器利用のノウハウ取得に時間をかける必要がなくなり、提供者、利用者ともにメリットを享受している。
技術、制度、市場と課題は多い
IoTは大規模なビジネスに成長すると考えられることから、急速に注目を集め、わずか数年で研究や実用化への取り組みが始まった。そのため、普及に向けての課題もまた、多方面に数多く存在している。IoTの課題は、技術面として、(1)情報セキュリティーの問題、(2)人工知能(AI)の進化、(3)電源・省エネの観点での技術革新と、制度面として(4)法規制、(5)プライバシーやデータ所有権、市場面として(6)サービスの標準化の問題、などの課題がある。