安倍政権の一番の目玉である経済政策「アベノミクス」。政府は「戦後最長の好景気」とうたうが、景気回復を実感できない人も多いのでは? なぜ政府が発表する「成果」と人々の生活の「実感」がずれるのか。著書『アベノミクスによろしく』(インターナショナル新書)などで、安倍政権の経済政策のカラクリを読み解いてきた弁護士の明石順平さんに聞いた。
アベノミクスとは何だったのか
──「アベノミクス」という言葉は多くの人が知っています。しかし、実際にどんな成果を上げているのかを理解している人は少ないのではないでしょうか。
明石 ほとんどの人が知らないと思いますね。アベノミクスは「(1)大胆な金融政策」「(2)機動的な財政政策」「(3)民間投資を喚起する成長戦略」という「三本の矢」を柱とする経済政策と言われています。しかし、事実上は「大胆な金融政策」に尽きると言っていいでしょう。
──大胆な金融政策とは、どういうものでしょうか?
明石 日銀が民間銀行等から国債を「爆買い」して、通貨を大量に供給することです。今は少し落ち着いていますが、ピーク時には借換債等を含めた総発行額の約7割を日銀が買っていました。
──そんなことをして大丈夫なのでしょうか。
明石 円の信用を保つため、日銀が国債を直接引き受けることは財政法5条で禁止されています。しかし、今の日銀は、いったん民間金融機関に国債を買わせて、すぐさまそれを買い上げる、という手法を採っています。最終的に日銀がお金を出すという点では直接引き受けと同じですから、「脱法借金」と呼ぶべきです。
しかし、今、この脱法借金をやめると国債が暴落して金利が跳ね上がり、円も暴落するから、もうやめられません。だから続けるしかないのですが、これで円の信用を維持できるとは思えません。また、日銀や年金といった公的資金を使って、無理やり株価や不動産価格を上げようとしています。
──なぜ、そんなことをするのでしょうか。
明石 当初はこの「異次元の金融緩和」により、銀行の貸し出しも増え、物価が上がって消費も伸びると言われてきました。しかし、実際には二つとも失敗して、消費は格段に落ちました。アベノミクスは史上空前の大失敗です。
──しかし、物価は上昇していますよね。
明石 日銀の目標は「前年比2%の物価上昇」でした。2012年と2018年を比較すると、物価は6.6%上がっています。そのうちの2%は消費税増税の影響(日銀の試算)で、4.6%は円安による影響が最も大きいでしょう。異次元の金融緩和前は1ドル=約80円程度でしたが、ピーク時で1ドル=約120円程度になりました。これは通貨の価値が3分の2に落ちたのと同じです。2015年に原油価格の急落があって円安による物価上昇をある程度相殺してくれましたが、2017年頃からまた原油価格が上がり始めたので、相殺効果が薄れ、物価が上がり始めました。
一方、名目賃金の推移を見ると、アベノミクス前までずっと下げ基調で、それ以降はほぼ横ばいです。そんな状況にあるのに、1年間で2%も物価を上げたら消費が伸びるわけがありません。アベノミクスを簡単に言えば「賃下げ政策」で、その結果、「日本は貧乏になりました」ということです。
──そんな政策がなぜ支持されるのでしょう。
明石 自民党を支持する経団連の主要企業は輸出大企業です。円が安くなれば、彼らは為替差益で儲かります。1ドル=約80円から1ドル=約120円になれば、売り上げが1.5倍になって大儲けです。また、グローバルで見たときに、日本国内の労働者の賃金を下げることができます。輸出大企業は懐が潤い、大多数の国民は貧乏になる。これがアベノミクスです。だから、消費の落ち方がひどいんです。
──どれくらい落ちているのでしょうか。
明石 2014年から2016年にかけては、GDPの約6割を占める実質民間最終消費支出が3年連続で落ちるという戦後初の現象が起きています。2017年には少し回復しましたが、それでも2013年を下回っています。4年前を下回るのも戦後初の現象です。戦後最悪の消費停滞が起きています。
その停滞も、実はもっとひどい可能性があります。2016年12月にGDPの計算方法が改定され、消費の部分を大きく「かさ上げ」しているからです。特に2015年は、8兆円以上「かさ上げ」しています。これをしていなければもっと悲惨な結果になっていたでしょう。
ソノタノミクスとは
──アベノミクスは「戦後最長の景気拡大」「GDPも伸びた」と説明されてきました。明石さんの話を聞くと、全く違う気がします。
明石 これには明確な理由があります。GDPの計算方法が改定された影響でGDPが異常に「かさ上げ」され、アベノミクスの失敗が覆い隠されているんです。
──計算方法の改定で、どんな変化があったんでしょうか。
明石 算定方法改定前は、名目GDPのピークだった1997年度(521.3兆円)と2015年度(500.6兆円)の間に20兆円ぐらいの差がありました。それが算定方法改定後は、1997年度の名目GDPは533.1兆円、2015年が532.2兆円になり、ほぼ追いつきました。アベノミクスが始まった2013年度以降からの「かさ上げ」額が急上昇していることがわかります。そして2016年と2017年度、めでたく「過去最高を更新した」と言っています。