古くからの友人、マヌエルとフアナの家は、カルロスたちがいるメキシコシティの中心街から地下鉄と乗合バスを乗り継いで、南西へ1時間半ほど行った山の斜面に広がるスラムにある。そのスラムを通り過ぎ、山をさらに上った先は、週末に大勢の家族連れがバーベキューやピクニック、乗馬などを楽しみにくる場所だ。私と篠田は、カルロスを連れて、まずそこへ乗馬をしに行くことにした。

死の聖女のネックレイスを首にかけたカルロスと筆者(左)は、これから散歩に 撮影:篠田有史
路上育ちのカウボーイ
子どもの頃に義父と乗馬をした経験を楽しい思い出として語っていた少年は、その日、私たちと一緒に地下鉄に乗り、目的地を目指した。路線の終点駅で客を待つバスに乗り換えると、迷わず窓際席に座る。まもなく満席になったバスが、発車。少年は、ズボンのポケットに入っているアクティーボを取り出すこともなく、ずっと外の景色を見つめている。
バスは、けたたましいエンジン音を立てながら、木が生い茂る山と下の斜面に広がるスラムの間を走るかなり傾斜のある道を、ぐいぐい上っていく。上に行くにつれ、道沿いの店や住宅は減っていき、やがて火山岩の山肌に低い木々が見えるだけの風景へと変わっていった。1時間近く走ったところでバスは右折し、まだスラムが続く別の道へ入るため、私たちはそこで降りてタクシーを拾い、さらに山道を進んだ。
私は、これからのひとときを通じて、カルロスが「日常」を客観的に見直してくれることを願っていた。まずは自分が好きな乗馬に熱中することで、路上生活を一時(いっとき)でも忘れてくれれば――。
当時、メキシコシティの郊外には、日本円で数百円ほどのお金を払えば、1時間、馬に乗れる場所がいくつもあった。この日は平日。ほとんど人が来ないだろうから、カルロスはきっと、人目を気にすることなくゆったりと乗馬を楽しめるはずだ。

カルロスと乗馬をしたこの地域は、メキシコシティ南西に位置するピコ・デル・アギラ(「鷲のくちばし」の意)という火山峰へ向かう途中にある 撮影:篠田有史
「乗馬」と書かれた看板のある小屋を見つけ、タクシーを降りて近づいていくと、そこには木の柵で囲まれた小さな円形の乗馬スペースと何頭かの馬、それにカウボーイハットを被った乗馬案内役の男がいた。さっそく馬に乗りにきたことを告げると、私たち一人ひとりに乗るべき馬を紹介してくれる。それから、「簡単に」注意事項と乗り方を説明。私はとにかく言われるがままに鞍を掴んで勢いよく馬に跨(またが)り、カルロスと篠田も首尾よくあてがわれた馬の背に乗った。
それを見届けた案内役は、自分の馬に乗って先頭に出ると、ゆっくりと歩み出す。
「私についてきてください。これから1時間、この辺りを散策します」
篠田は大学時代、乗馬クラブにいた経験があるので、余裕の表情。カルロスも、「バッチリだよ」と、馬上で笑顔を見せる。私はと言えば、馬は好きだし楽天的なので、メキシコや南米の田舎で何度か乗ったことがあるので問題ないだろうと、カルロスの馬と篠田の馬との間に入って、進む。
案内役は、何事にもゆるい感じのメキシコらしく、客のことなどお構いなしで、小走りにどんどん先へ行ってしまう。その後ろをカルロスが、まるでつい最近までカウボーイだったかのようにスピードを上げて、林の小道を走る。私も、慌ててカルロスの背中を追いかけた。
馬と共に風を切る少年は、時々何やら馬に話しかけながら、気持ちよさそうに走り続けた。その後ろ姿を眺めながら、私は「こんな時間がずっと続けばいいのに」と、思う。
たっぷり1時間。馬での散策を満喫した私たちは、名残惜しく感じながらも、馬たちに別れを告げて、来た道をマヌエルとフアナの家へと急いだ。

マヌエル(中央)は、筆者が1980年代末から論文の調査で訪れていたスラムの住民組織のリーダー。彼を中心に、住民たちは当時、毎日曜に会議を開き、自力で住宅や道路などを造っていた 撮影:篠田有史