日本の合計特殊出生率は7年連続で低下し、2022年には過去最低の1.26となった。少子化はなぜ起こるのか、そしてどのように解消できるのか。『子育て支援の経済学』の著者、山口慎太郎東京大学教授に聞いた。
――日本の人口は、50年後に約8700万人になるという将来推計人口が、2023年4月に発表されました。少子化の問題が大きく取り上げられていますが、山口さんはどのように感じていますか?
今の子どもの世代が大人になってもずっと人口が右肩下がりで減少していくという状況に、改めて危機感を抱きます。ただ、少子化自体は、日本だけではなく先進国の社会において共通して見られる現象です。少子化対策に成功していると言われるフランスでも、2022年の合計特殊出生率は1.8であり、人口置換水準(人口が増加も減少もしない均衡状態)である2.1を下回っています。今後、先進国で人口減少それ自体を止めることは難しいでしょう。
――先進国の社会ではなぜ少子化が進むのでしょうか?
例えば、社会保障制度が発達していない途上国などでは、出生率が高い傾向があります。一部の途上国などにおいては、子どもをたくさん持つことで、自分たちの引退後の生活を支えてもらうという直接的なメリットがあるわけです。
ところが、日本をはじめとする先進国の社会では、成長したら子どもは独立し、子どもの資産が親の所有物とはなりません。親は、子どもをたくさん持ったからといって、自分の老後の生活が安定するわけではないという社会になっています。
子どもが生まれることは、社会全体のメリットが非常に大きいにもかかわらず、その子を産んで育てるコストというのは、基本的には親がまかなうことになります。親は、大変な苦労をして、お金もかけて子どもを育てる。それなのに、その子どもは自分の老後を支えるのではなく、年金制度などで他の人の老後も支えるということになる。親は、ある意味、子どもを育てるコストに対して、経済的なメリットを十分に享受できない状況が生まれるわけです。
このように現代においては、子どもを持つ社会的なメリットと個人的なメリットとの間に不均衡が生じており、少子化への圧力が構造的にかかってしまうのです。
――少子化にはどのような問題があるのでしょうか?
問題なのは少子高齢化のスピードです。もし緩やかなペースで人口が減少していれば、それほど深刻な問題にはならないのかもしれません。しかし、日本の少子化のペースは、世界でもトップランナーなんです。
少子化で人口減少が進むと、まず経済規模が縮小し、社会の活力が失われます。そして社会を変革するようなイノベーションが生まれにくくなってしまいます。イノベーションというのは、大量に人がいる中からたまたま天才が出てきて、生じるものです。人口が少ないとその確率は低くなるので、特別な才能が生まれにくくなります。結果、生産性が伸び悩み、一人当たりGDPにも悪影響が及びます。
また、急激な少子化によって、高齢の年金受給者を下支えする若い世代が少なくなり、年金財政に大きな負担がかかります。日本の年金制度は、現役世代の収入の一部を引退世代が分かち合うという「賦課方式」ですから、子どもが少なくなると、将来的に引退世代を支える人口が少なくなってしまうわけです。
経済学的に考えた場合、生まれてくる子どもというのは、今の現役世代が引退した後の経済や社会を支えてくれる存在です。一定数の子どもたちが常に生まれてこないと、経済はうまく回っていきません。
――日本の少子化の要因として、経済学的にはどのようなことが考えられますか?
子育てをするコストは近年増大しており、それが少子化への圧力を強めているといえます。教育費など、目に見える金銭的なコストが増大しているだけでなく、経済学で「機会費用」と言われる、いわば子育てによって失われる時間の価値も大きくなっています。
例えば、子育てのために働けなくなって失われる収入を考えるとわかりやすいでしょう。現在は働く女性の数も増えて、収入も(まだ男女格差は大きいものの)上がっています。就職していた女性が、子育てのために仕事を辞めると、例えば年収が300万円からゼロになってしまう。社会が豊かになって、女性の社会進出が進むほど、子育ての機会費用というのは大きくなるのです。
したがって、国としては、子育てのコストをできるだけ減らすことが重要な課題となります。