激戦が続いたアメリカ大統領選挙
2008年8月末のアメリカ民主党大会で、バラク・オバマ上院議員とジョー・バイデン上院議員が正副の大統領候補に指名された。オバマは47歳の若い雄弁家であり、当選すれば初の黒人大統領となる。「一つのアメリカ」を唱え「変化」を訴えてきた。バイデンは上院外交委員長を務めるベテラン政治家であり、その経験がオバマの若さを補うとともに、白人男性労働者層の票につながると期待されている。他方、9月冒頭には共和党大会が開かれた。ハリケーン「グスタフ」襲来でお祭りムードを自粛し、ジョージ・W・ブッシュ大統領の登壇もキャンセルされたのは、05年のハリケーン「カトリーナ」の際に、危機管理の甘さを強く批判された反省である。こちらはジョン・マケイン上院議員とサラ・ペイリン・アラスカ州知事が正副大統領候補に選出された。マケインはベトナム戦争で5年半に及ぶ捕虜生活を経験した英雄であり、外交・安全保障政策の専門家である。72歳の彼は、当選すれば史上最高齢の大統領となる。ペイリン知事は全国レベルでは、これまでまったく無名だった。44歳の若い女性を起用した「サプライズ効果」は当初は大きかったが、その後はメディアでも彼女の資質を疑う声が強い。それでも、彼女は保守的な価値観を明確にしており、女性票以上に党内保守派の票につながると見られている。
こうして、民主党は若手とベテラン、共和党はベテランと若手という組み合わせで、しかも、前者は大統領候補が黒人、後者は副大統領候補が女性という布陣で、11月4日の投票に向けて激戦が展開されている。ペイリン起用の「サプライズ効果」とともに、ロシアのグルジア侵攻が外交・安全保障専門家のマケインに有利に働き、一時はマケインが優勢となった。だが、9月の金融危機で流れは再び転じ、オバマ優位のまま終盤戦を迎えた。
外交政策はどう展開するか
さて、両者の外交政策と日米関係への影響についてである。オバマはイラク戦争に一貫して反対しており、マケインはこれを支持してきた。前者は大統領就任後16カ月で米軍をイラクから撤収すると主張し、後者はより長期的な駐留継続を唱えている。イラクの治安状況は現在改善の方向にある。これが再び悪化すれば、早期撤退論に拍車がかかるかもしれない。おそらく当選すれば、オバマはより現実的で緩やかな撤退方法を模索し、マケインは撤退に向けた政治的な意思表示を迫られることになろう。両者の差は喧伝されるほど大きくはない。
ロシアとの関係では、オバマがより対話重視なのに対して、マケインは強硬な姿勢をとるかもしれない。マケインはロシアをG8サミットから放逐することさえ、常々訴えてきた。新大統領がどのような態度をとるかで、「新冷戦」とさえ呼ばれる米ロ関係は大きな影響を受けよう。国際政治の基本構造にかかわることだけに、この見極めは重要である。
北朝鮮政策でも、オバマがより対話重視で、マケインはより厳しい姿勢をとると見てよかろう。だが、オバマも民主党内の人権派を抱えているし、マケインも核拡散防止というブッシュ政権以来の課題を無視することはできない。ブッシュ政権による対北朝鮮テロ支援国家の指定解除で、日本の世論の対米不信は深まっており、これへの一層の配慮も必要だ。
中国についても同様で、民主党のオバマ政権となっても、米中間が抱える貿易問題や人権問題を考えると、簡単に対中重視にはシフトできまい。他方、マケイン政権になっても、大国としての中国との関係は戦略的に重要であり、しかも、連邦議会はおそらく民主党が多数を制するから、マケイン外交はこれに制約されることになる。
これとは逆に、オバマ政権になっても、同盟国として日本を重視することには変わりはあるまい。ただ、地球環境問題やアフリカの復興支援など、よりグローバルな課題で日米協力が求められるようになろう。マケイン陣営は、より直截に同盟国重視の姿勢を明確にしている。だが、これも逆に言えば、日本がその期待に応えられない場合、失望も大きなものになろう。
日米同盟の「黄金時代」は終わった
当の日本では、政治的混迷が続いている。安倍晋三、福田康夫の両内閣で、日中関係をはじめとするアジア外交の活性化を図ったことは、大きな成果であった。だがその間に、北朝鮮問題や在日米軍再編問題で、日米間のギャップが広がり、あるいは、政策の実施が停滞してきた。日米同盟の「黄金時代」は昔日のものになった感が強い。まずは、アジア外交と日米同盟関係を連動させ、その上でグローバル・アジェンダに取り組む外交構想が重要である。また、オバマ、マケインいずれの政権になろうとも、アメリカの次期政権は、日本にアフガニスタンの復興支援への協力を強く求めてこよう。現在の政治状況では、自衛隊のアフガニスタン派遣は困難である。自衛隊の海外派遣に関する恒久法制定や、集団的自衛権行使の解釈問題をめぐって、与野党が超党派的観点で議論する互譲の姿勢が必要である。
さらに、日本周辺の戦略環境を考えると、防衛力の節度ある整備が不可欠だが、そのための防衛費は横ばい状態が続いている。財政事情の厳しい中ではあるが、政治が国民に防衛力整備の必要を説く、説明責任と表現力もまた問われていよう。
日米双方とも内外に厳しい政治的・経済的な現実を抱えているが、アメリカ新政権による対日政策の変更よりも、日本の政権交代による対米政策の見直しの方がゆれ幅は大きいかもしれない。