次々と落選する現職市町村長
2009年4月は「ミニ統一選」と呼ばれるほど、市町村長選挙が多かった。05年度末に合併した自治体が2度目の市町村長選挙を迎えたからである。この選挙で、これまでの常識を覆す事態が起きた。選挙に強いはずの現職の市町村長が次々と落選したのだ。09年1月から4月までに実施された合併自治体の市町村長選挙に立候補した現職の市町村長は65人いた。当選したのはそのうち33人で、残りの32人が落選した。実に約半分の現職市町村長が落選したことになる。
同じ時期に、合併しなかった市町村で実施された選挙では現職が41人立候補して、34人が当選し、落選したのは7人だけであった。このことと比べても、合併市町村では現職の市町村長にものすごい逆風が吹いたことがわかる。
そもそも合併直後の市町村長選挙は現職が圧倒的に強かった。当選者の約8割が現職だったのだ。合併して新しい自治体になると、統計上は「新人」に分類されるが、実際は多くが現職の市町村長。それなのに、2回目の選挙では現職の半分が敗れた。
合併に失望した市民による反乱
この変わりようはどこからきたのか。合併後の自治体経営に対する市民の不満が高まっているということが推測される。多くの合併自治体では、将来の地域社会や自治体財政への不安に対して「合併すればなんとかなる」と説明されてきた。ところが、そのような「期待」が裏切られたからではないか。読売新聞が08年2月に実施した世論調査では、合併前に比べて全国の市町村行政の無駄がなくなったと思う人が41.5%、そうは思わないとするのが48.5%となっており、合併についての評価は二分されているが、一方で、住民サービスが良くなったとするのが24.5%、そうは思わないという人が63.2%と大きな差がつく。
「合併バブル」ということばがある。兵庫県篠山市や熊本県あさぎり町など、合併の先行事例で財政破綻が顕著になったからだ。しかし、その後に合併した多くの市町村では「合併バブル」さえも享受できなかった。なぜなら合併する前に貯金を取り崩し、借金を増やして「駆け込み事業」を実施した自治体が後を絶たなかったためだ。こうして、合併したときには予定以上に借金(地方債現在高)が増え、予定以上に貯金(積立金現在高)が減っていたので、合併をした後には思い通りに新しい公共事業を起こすことができないという惨状だ。
合併直後の凍結期間を過ぎると、水道料金や国民健康保険税など公共料金が上がり始めた。これらはたとえ合併をしなかったとしても上がっていたかもしれないが、合併前に「サービスは高めに、負担は低めに」と喧伝されていたからこそ、市民の失望感は倍するものになったといえるだろう。
たった2%の歳出削減効果
総務省におかれた研究会の報告書によれば、合併の歳出削減効果として、合併後10年経過以降は年間1兆8000億円の効率化が図られると推計されている。金額だけ見ると大きいように感じるが、現在の地方財政計画の規模が83兆円前後であるから、約2%ということになる。実はこの程度の縮減はこれまでにも行われていた。たとえば「地財ショック」と呼ばれた04年には、1兆5000億円(前年度比約2%減)が単年度で削減されている。その後09年までの間でも、さらに2兆1000億円が減額されてきた。しかも、当面の間、合併による歳出削減効果はそれほど顕著ではない。交付税の合併算定替などの経過措置によって、合併後も現在の財政規模が維持されるように工夫されているからだ。
これだけの混乱を起こして、なおかつ、合併後10年を経て初めて得られる効果としては、きわめて限定的なものにすぎないといえるだろう。なおかつ、そこで得られるかもしれないわずかな「効果」も、その分だけ交付税が削減されることになるから、個々の合併自治体が享受できるわけではない。むしろ合併自治体は10年後、交付税が削減されるのに備えて、非合併自治体以上の行政改革や住民サービスの削減をしなければならなくなるのだ。
政治家も企業家も「錯誤」した?
このように地域社会に混乱と痛みをもたらした「平成の大合併」は、今後もそれほどの効果をあげるわけではない。もしそうだとすれば、いったい誰が何を目的としてやったのか。国政の政治家が言い出したことにはまちがいない。しかもそれを受け入れた自治体の政治家たちや地域の青年企業家たちがいた。問題は動機だ。「合併バブル」の恩恵にあずかろうとしたのかもしれないが、実は何もわかっていなかったのではないかという「錯誤」説も根強い。しかし本当に「錯誤」で国の政策が遂行されているのであれば、なんとも情けない。