2025年5月、こども家庭庁が「プレコンセプションケア推進5か年計画」を発表した。「性と健康に関する正しい知識の普及」を目指し、そのための人材である「プレコンサポーター」を5万人以上養成する事業などを計画している。「プレコンセプションケア」とはあまり馴染みがない言葉だが、ここ数年、若い世代に向けた妊娠・出産に関する新たな啓発活動が全国の各自治体で盛んに行われている。「プレコンセプションケア」とはいったい何か、どのような意図で政策が進められようとしているのか、『宗教右派とフェミニズム』(山口智美氏との共著。青弓社)等で、性と生殖の分野に国家が介入することの問題を指摘してきた斉藤正美・富山大学非常勤講師にうかがった。
斉藤正美・富山大学非常勤講師
「プレコンセプションケア」とは何か
――「プレコンセプションケア」(preconception care)とはなんですか。また、いつ頃から言われるようになったのでしょうか。
「コンセプション(conception)」は英語で「受胎」を意味する言葉で、プレコンセプションケアを直訳すると「受胎前ケア」ということになります。
世界では、1980年頃から高い早産率や妊産婦死亡率、新生児死亡率など妊娠出産に関係するさまざまな問題に対し、どうすれば安全な出産ができるかという観点から、プレコンセプションケアに着目してきました。たとえば、1990年代以降、アメリカでは、妊娠前の女性に、葉酸の摂取や禁煙・禁酒、有害・汚染物質を避ける、健康な体重の維持等の健康管理を自力で行えるよう介入すると、出産後の母子の健康上の問題を減らすことができるという研究が進み、それを受けて2006年にアメリカの政府機関CDC(疾病管理予防センター)がプレコンセプションケアの指針を発表しました。2012年にはWHO(世界保健機関)が、プレコンセプションケアを「妊娠前の女性とカップルに医学的・行動学的・社会的な保健介入を行うこと」と定義し、世界各国でプレコンセプションケアのガイドラインが作られています。
日本では2020年、国立成育医療研究センターに国内で初めてプレコンセプションケアセンターが開設され、「将来の妊娠を考えながら女性やカップルが自分たちの生活や健康に向き合うこと」との説明が提示されました。妊娠前からの健康管理として男性女性がそれぞれどのようなことを自己管理すべきかという具体的な内容については同センターのプレコンセプションケアの「チェックシート」(女性用)(男性用)を参照してください。
ただ、この国立成育医療研究センターによるプレコンセプションケアの定義は、実際には様々な形に変えられてきています。
現在、プレコンセプションケアは政府の政策にも取り入れられており、こども家庭庁は2024年度の補正予算として、プレコンセプションケア事業に5億円(推進事業3.7億円、相談支援加算1.3億円)を計上しています。
――何億円もの予算を使って、どのようなプレコンセプションケア事業が行われているのでしょうか。
主に国からの地方交付税交付金によって、地方自治体レベルで相談支援、自己管理のための「チェックシート」やパンフなどの普及啓発のほかに、検診機関での「プレコンチェック(「妊娠・出産前のヘルスチェック」等とも呼ばれる)」という妊娠・出産に関する健康状態の検査とカウンセリングが行われていますが、自治体ごとにばらつきがあり、費用の助成についても、東京都のように男女ともに検査費用の助成金が支払われるところもあれば、30歳までの女性のみに限定している自治体もみられます。
また、プレコンセプションケアの普及啓発は、中高生など若年層への自己管理の「チェックシート」、啓発パンフレットや冊子の配布、自治体のサイト等での動画やSNSなどを用いたオンライン上の発信によって行われており、しばしば「いつ、何人ぐらい子どもがほしいか」と、子どもを持つことを前提とした人生設計を考えさせる「ライフプラン教育」(ライフデザイン教育、ライフプランニング教育とも呼ばれる)がセットになっています。