議院内閣制と二元代表制の違い
司法・立法・行政という統治にかかわる三権の中で、司法の独立という重い原則に比べ、立法と行政との関係には実はかなりの幅がある。基本的なパターンは二つで、一つは議院内閣制、もう一つは大統領制ないしは二元代表制である。日本国は議院内閣制を採用している。この場合、立法を担う国会は、同時に首相を指名することを通じて内閣という形で行政権力を創出し、その内閣が政府の行政活動を指揮するという形をとる。つまり、国民は基本的に一度の選挙(衆議院総選挙)で自らの代表者・機関を選出し、それによって政府・行政の体制も決定することになる。そして、この権限関係の連鎖の中で、国会=立法権力と内閣=行政権力が融合している。ただし、議院内閣制が権力の融合と集中を基本にしているとしても、独裁とは本質的に異なる。議会に明確な任期があり、総選挙によって多数派が交代する可能性があるからである。
それに対して地方自治体は、大統領制に近い仕組みである「二元代表制」を採用している。この仕組みの下では、住民は、立法を担う議会と行政を担う首長を別々の選挙で、しかも直接に選挙する。そして、この二つの代表機関、首長と議会とが互いにチェックをし、それによってより良いバランスと結果を達成する仕組みである。この場合、統治権力は立法と行政の間でほぼ常に分割され、議会と首長とは緊張関係に置かれることが普通となる。その上で、この原理的な緊張関係を調整するための様々な工夫が不可欠となる。
議会は首長の「言いなり」だった
ところが、現実の地方政治の世界では、この二元代表制の原理や基本的な仕組みを否定するかのような出来事が続発している。鹿児島県阿久根市での竹原信一前市長と議会多数派との深刻な対立や、河村たかし名古屋市長と市議会との対立は、その典型的な例である。竹原前市長は専決処分を連発して事実上議会を無視していたし、河村市長も議会のリコールに併せて自らの市長選挙を仕掛けるなど、相当に強引な手法をとった。議会の抵抗を何とかして排除しようとした訳である。しかし実は、全体として地方自治体における首長と議会の関係を見ると、この現象は極めて例外であり、むしろ、全く逆さまの問題こそが日本のほとんどの自治体を覆ってきたと考えられる。それは、無気力で実効性のない議会が首長の「言いなり」になっている姿である。本来、「立法」機関として条例を提案し制定することや、首長・行政に対して強力なチェック機能を果たすべきであるのに、ほとんどその役割を果たしていないとされてきた。議員が議会で行う質問を、答えるべき行政側の職員に作成してもらい、全くの出来レースに終始してきたとの指摘も絶えない。
議会と首長それぞれの権限
議会はそれほどまでに弱い権限しか与えられていないのだろうか。実は全く逆である。日本の地方自治の世界では、ある面では、議会に大きな権限が与えられている。予算の議決、条例の議決、検査や監査あるいは調査の権限などによる行政監視など、強力かつ広範な権限を持っている。つまり議会は、それらを真剣に行使せず、いわば「安楽椅子」に寄りかかってきたのである。議員報酬の削減など、自らの利害に大きな影響を与える案件が提起された場合、初めて議会の本当の権能が発揮されてきたということである。実に情けない話であるが、この延長線上に阿久根市や名古屋市の状況があった。もちろん、首長に有利な制度条件もある。議会との関係に絞って見ても、調製(編成)権などの予算にかかわる権限、議会の議決に対する再議請求権、規則制定権がある。さらに重大なことは、本来議会の議決を要する重要な案件についても、首長の判断で実行するための専決処分が許されるかのようになっていることである。むろん、想定されているのは軽微な案件と緊急な場合だけであるが、阿久根市の竹原前市長は、この専決処分権限を極限まで拡大解釈した訳である。そして何よりも、議会の招集権を首長が持っていることは重大である。戦前の統治思想の残滓(ざんし)というべきだが、若干の修正にもかかわらず、依然として極めて不可解なこの規定が維持されている。
改革すべき問題はここにある
それでは、地方議会が自らの権能をほとんど使わず、首長の言いなりに近い存在になってきたのは一体何故だろうか。一つは、中央集権体制の下で「お上」意識が強すぎたため、多くの地方自治体は自分自身で考え努力することを忘れ、国の方針に沿って単に行政を執行することに終始してきたのではないか。こうなれば力を持つのは行政を担う首長である。もう一つの理由は、市町村で用いられている大選挙区制だ。この大選挙区制では、選挙競争が極めて不十分(定数20で候補者数が21人という状況を想像してほしい)なために、選出された議員たちがいわば「合理的に」サボることである。議員としての仕事をしてもしなくても次回選挙の行方に無関係だとすれば、議員たちは楽をして報酬を受け取ろうとするのである。
現在、二つの方向から改革が検討されつつある。一つは議会の足腰の強化であり、もう一つは「議会内閣制」の導入などによる二元代表制からの実質的な脱却である。
いずれにしても、権力の分立を基本原理とする二元代表制の運用は簡単ではない。しかし、議会という機関は自由民主主義の根幹であり、まずは選挙制度の改革、そして補佐機構の充実などによってその機能を強化することが必要である。その上で、住民の参画を進め、より深いレベルでの住民の関与が実現されるならば、議会と首長との間の緊張関係も、本来想定されているような役割、つまり健全かつ有効なチェックとバランスの働きをもたらすことが期待できよう。