今回の解禁は規制を少し緩めた程度
「ネット選挙」という言葉からイメージされるものは幅広い。しかし、今回の解禁で認められたことはごく狭い範囲のものである。今回の解禁によって、候補者や政党はインターネットを使っての選挙活動が多少自由に、楽にできるようになる。たとえば、当選した直後に候補者が「当選できました。ありがとうございました」とツイッターでつぶやくことができるようになる。「当選の御礼」はこれまで公職選挙法違反とされてきた代表例のひとつである。
ネットでは当選の御礼すら許されなかったと聞くと多くの人は驚くだろうが、実はネット外でも制限されている(「選挙期日後のあいさつ行為の制限」公選法第178条)。このように候補者や政党の選挙運動は公選法で厳しく制限されており、それがネットにも及んでいたのである。今回の解禁は、この厳しい公選法の選挙運動規制を、ネットについて少しだけ緩めるという程度のものである。
候補者のネット上での「活動」は、公選法では基本的に「文書図画」とされてきた。第142条に、選挙運動に用いることのできる「文書図画」の種類や禁止事項などが規定されている。わずか1条だが、4000字もの長大な条文である。今回のネット選挙解禁に関する公選法改正案の半分は、この第142条に関するものである。ネットでの選挙運動を規定するために、第142条だけで新たに4300字以上が条文に付け加えられることになる。
ただし、このように細かく書き足しても選挙実務には足りない。何が許され、何が許されないか、指針をかなり細かく詰め、啓発する必要がある。「バナナはおやつに入りますか?」と似た類いの質問が、選挙が行われるたびに候補者の陣営から選挙管理委員会に届き、対応しなければならない。またIT技術・サービスは日々進化する。こうした状況に対応するため、今回の「解禁」は一歩に過ぎず、今後も議論は続いていくことになる。
一般有権者は公選法の細かい規定を気にする必要はない
もっとも、これらの多くは選挙運動をする側の話であり、一般の有権者にはあまり関係がない。少し関係するところでは、政党や候補者の支持者が、ウェブサイトを用いて候補者を支援できるようになったり、一方でメールでの運動は明示的に禁止されるといった改正点がある。ここで「バナナ」の話をすれば、ツイッターやLINEはメールではなくウェブサイトに含まれる。一方、有権者が選挙運動(候補者の応援)を行うウェブサイトに表示しなければならない「電子メールアドレス等」にはツイッターアカウント名も含まれる。
このように聞くとややこしいと感じるだろう。しかし、一般の有権者はこのような細かい規定を気にしなくてよい。どこかの陣営に所属して運動をしている自覚がある場合はともかく、ネットで気軽にどの候補者が好き、どの政党はダメと言えないとしたら民主主義国家ではない。犯罪的行為や、よほどの誹謗(ひぼう)中傷や名誉棄損でない限り警察が自宅にやってくることはない。せいぜい、勝手に「ネット学級委員」を請け負って、小うるさく注意してまわることが趣味の人々が何か言ってくる程度だろう。そういう連中は無視すればいい。
候補者にはネット選挙運動の負担が重くなる
それでは、ネット選挙運動の解禁は何をもたらすだろうか。それは「ネット選挙」をネットで検索した結果が示しているかもしれない。たとえば原稿執筆時点でグーグルでは、上部に「ネット選挙対策は万全ですか?」という広告が表示される。広告会社、選挙関連会社にとっては、新たな「飯の種」が出現したということである。その意味で、多くの候補者にとってネット選挙は重い負担でもある。既存の選挙運動に関する負担がネット選挙運動解禁で減ることはない。公選法の分量が大幅に増えたのと同様に、選挙運動の分量も増えるのである。ネット選挙対策でさまざまな経費がかかることになる。効果が不明でも、競合する他の候補がやるなら自分もやらなければならない。しかも、有権者側から見ればスパムメールが増え、迷惑なだけかもしれない。
そもそも、選挙区の選挙とネットとは相性が悪い。ネットは時間と空間を超えたコミュニケーションを成立させる便利なツールである一方、選挙区の候補者は限られた選挙期間、限られた地域を対象に運動を行わなければならない。したがって自分の名前を広報する手段としては非常に効率が悪い。ただし、極端な言動などで広まる「悪名」であればとても広まりやすい性質もある。ネットはリスクが大きく、リターンの小さなメディアである。
候補者評価の材料は増えるか
ネットが広まって時間が経つが、そこで明らかになってきたことは、選挙の際に有権者はあまりネットを利用しないということである。前回(2010年)参院選のメディア利用状況調査では、有権者のうちネットの情報を利用したのは1割程度、その情報が役に立ったと感じたのはさらにその半数程度である。ただ、こうした状況は卵と鶏の関係にある。つまり、既存メディア以上の有益な情報があまり入手できないため、ネットをわざわざ利用する人は少なく、利用者が少ないのでネットに情報があまり出てこない、ということである。
この点で見ると、今回の「解禁」は負の側面ばかりではない。候補者の一方的な発信だけでなく、「解禁」にかこつけて、既存メディアを中心としたさまざまな試みが見られることだろう。報道が多くなる分、たとえば、「ボートマッチ」などを利用する人も増えそうである。
ボートマッチは、質問に回答すると、自分の意見に近い政党や候補者を判定し、教えてくれるツールである。この判定は政党や候補者のアンケート回答が基準となっている。ネットに出るとなれば候補者もアンケートに積極的に答えざるをえなくなり、誰がどのような考えを持っているのか、これまでよりも横並びで一目瞭然となるかもしれない。そしてネットには、こうした候補者の言動、活動が記録、蓄積される。それらは後で参照され、議員の評価に用いることもできる。
こうしたプラスの面を期待しながら、今回のネット選挙解禁を歓迎しておきたい。