ここ数カ月、森友学園問題や加計学園問題で足元が大きく揺らぎ始めた安倍政権。そうした中でも政府や与党・自由民主党は憲法改正への強い意欲を示し続けている。とはいえ、与野党による改憲論議はまったく深まっておらず、それどころか、改憲を主張している自民党ですら、今年(2018年)3月の党大会で改憲4項目の条文案を明確に示すにはいたらなかった。
2012年に野党時代の自民党が発表した改憲案である「日本国憲法改正草案」(自民党憲法改正草案)を除けば、「憲法のどの部分」を「どのように変えるのか」という条文案が党の総意として示されていない現状では、「改憲」か「護憲」かという抽象的な議論に終始しているケースも少なくない。
果たして、安倍政権と与党自民党は憲法の何をどう変えようとしているのか? その背景にはどのような意図が隠されているのか?
「まだ生煮えの状態」(石破茂元自民党幹事長)という党内の批判を受けながらも、今年3月の自民党憲法改正推進本部(本部長・細田博之)がまとめた「改憲4項目」について、法学館憲法研究所の所長を務める弁護士の伊藤真氏に聞いた。
──自民党憲法改正推進本部が示した(1)9条の改正、(2)緊急事態条項の追加、(3)教育の充実(無償化)、(4)参院選合区の解消という「改憲4項目」をどのように見ていますか。
伊藤 4項目に関する個別の議論をする前に、まず、前提として理解しておかなければならないのは、自民党が2012年に発表した「自民党憲法改正草案」は現在も取り下げられてはいないということです。つまり、自民党から提案される改憲案というのは、あくまでも、あの「自民党憲法改正草案」の発想や考え方を基にしながら、「現実的な改憲のやりやすさ」を考慮して出てきたものであって、その理念や方向性はまったく変わっていません。
ですから、私たちはこうして個別に示された改憲案の意味についても、2012年の「自民党憲法改正草案」を貫く理念や方向性の中で理解する必要がある。これが、すべての議論の出発点であり大前提なんですね。
それでは、2012年に発表された「自民党憲法改正草案」の特徴とは何なのかということですが、これは一言で言えば「今の憲法の基本原理のすべてを後退させる」という方向性です。「個人主義」よりも「国家主義」が優先され、「天賦人権論」や「平和主義」など、現行憲法を支える基本理念がすべての面で後退しています。
また、それ以前の問題として「憲法は国家権力を拘束するもの」だという立憲主義の本質を理解していない人たちが、あの憲法改正草案を作っていることが大きな問題です。安倍首相自身の過去の発言から見える改憲案は、「憲法とは国の理想やあるべき姿を示すものだ」という立憲主義とは、明らかに異なる憲法観に基づいた改憲案だと言っていいでしょう。
改憲4項目の一つ、「合区解消」の意図は?
──それでは、四つの項目について、個別に見ていきたいと思います。選挙に関する事項について定めた憲法47条の改正案、いわゆる「合区解消」と言われるものについては、ある程度具体的な条文案も明らかになり、自民党内でも異論はなく、一定のコンセンサスができているようですが……。
伊藤 今の憲法47条は議員の選挙に関する事項として「選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める」という、非常にシンプルな条文となっています。ここで言う「法律」の部分が公職選挙法なわけですが、自民党憲法改正推進本部の取りまとめた47条の改正案では以下のように、たいへん具体的な条文案になっています。
「両議院の議員の選挙について、選挙区を設けるときは、人口を基本とし、行政区画、地域的な一体性、地勢等を総合的に勘案して、選挙区及び各選挙区において選挙すべき議員の数を定めるものとする。参議院議員の全部又は一部の選挙について、広域の地方公共団体のそれぞれの区域を選挙区とする場合には、改選ごとに各選挙区において少なくとも一人を選挙すべきものとすることができる。前項に定めるもののほか、選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める」
また、この条文案に出てくる「広域の地方公共団体」という言葉を新たに憲法内に盛り込む必要から、自民党案では「地方自治の本旨の確保」について定めた憲法92条を改正し、ここに「地方公共団体は、基礎的な地方公共団体及びこれを包括する広域の地方公共団体とすることを基本とし」という条文を追加していますが、「これを包括する広域の地方公共団体」とは具体的に何を意味するのか、条文だけではよく分かりませんよね。
──シンプルな現行の47条に比べて、ずいぶん細かいというか、正直、その意味と目的がよく分からない人も多いと思うのですが。
伊藤 そうですね。これも最初に申し上げた「自民党憲法改正草案を貫く理念」を前提に考えれば、この案は、個人が持っている選挙権という一票の価値、平等権という人権、政治的場面で個人として尊重される憲法13条の価値など、憲法で保障された一人ひとりの個人の価値を後退させ、さらに主権者である国民の多数決によって国政が行われなければならないという国民主権の根本の原理を否定させてしまう内容だと考えていいと思います。
皆さんもご存じのように選挙における「一票の価値」の問題については、長年、その格差と地域的不平等が問題になっています。一部では「一票の価値の格差が2倍以内に収まっていればいい」という俗説がまかり通っているようですが、憲法によれば、民主主義の根幹である多数決を正常に機能させるためには、選挙によって選出された国家議員の背後に同数の主権者が控えていて初めて「正当に選挙された国会」といえることになります。
これに基づいて一票の較差を是正するためには「人口比例」を基準とした選挙制度の是正が必要なはずです。