2019年夏、茨城県牛久市にある東日本入国管理センターで、長期拘束に抗議して、約100人の外国人収容者がハンガーストライキを行っていると報道された。いったい牛久の入管で何が起こっているのか? 樫田秀樹さんの〝入管〟取材、第2弾です。
日本人と結婚しても在留資格が与えられない?
「私たちは愛し合って結婚しました。でも、私が日本人であっても、彼が『仮放免』の外国人なら彼には日本の在留資格はありません。在留資格がない以上、いつまた彼が『収容所』に送られるのか。その不安に怯える毎日です」
こう話すのは、トルコ国籍のクルド人の夫を持つ嶋津まゆみさん。この夫婦をして「もしかしたら今日収容か」との不安を抱かせるのは、日本の入国管理制度がここ2、3年で徹底した長期収容に動いているからだ。
日本には、17カ所の法務省の入国管理施設がある。このうちの9施設で は、日本での在留資格がない、もしくは失った外国人が、「母国への帰還の準備が整うまで」を前提に収容されている。その人数、2019年6月末時点で1253名。最多が東京出入国在留管理局 (東京都港区。以下、東京入管)の425名、それに次ぐのが東日本入国管理センター(茨城県牛久市。以下、牛久入管)の316名だ(出入国在留管理庁作成資料より。資料提供:「牛久入管収容所問題を考える会」 )。
牛久入管総務課の話によると、被収容者の約3分の2を占めるのが、難民認定申請中、もしくは申請はしたが不許可となった人たちだ。母国での弾圧や差別を逃れ短期観光ビザなどで来日した。
彼らは入管施設で難民認定申請をすると、審査期間の数年間は日本に居住できる暫定的な在留資格を付与される。もし難民認定不許可との裁定を下されると、在留資格がない人間となり「退去強制令書(強制送還命令)」が出される。しかし、母国での虐待を恐れて帰国を拒否する人もいれば、そもそも強制送還者の帰還を受け入れない国もある。そこで入管施設は、「帰還の準備が整うまで」との前提で、そういった外国人を収容する。
被収容者の残り約3分の1は、不法就労が発覚したり、在留資格(労働ビザや永住者資格など)があったが何かしらのルール違反(禁止事項の副業をした、刑事事件を起こしたなど)で在留資格が抹消された人たちである。
つまり、在留資格のない外国人は母国に送還するか、それができない場合は収容するということだ。
ただし、人道的配慮から長期収容を避けるため収容を一時的に解く「仮放免」という措置が取られている。これは、「母国に送還する」との前提は変わらないが、本人に逃亡の恐れがなく、保証人がいて、「就労禁止」と「居住県からの許可なき移動の禁止」さえ守れば一般社会での居住が許可される措置だ。被収容者本人が申請し、各収容施設長の判断で許可・不許可が決まる。
問題は、ここ2、3年で、仮放免を許可される被収容者が激減し、長期収容が常態化していることだ。
牛久入管で20年以上も被収容者との面会を続ける市民団体「牛久入管収容所問題を考える会」の調査で明らかになった数字がある。
19年6月末で、牛久入管の被収容者316人のうち、1年以上の長期被収容者が約9割の279人。長い人で5年だ。この数字は、13年2月時点の97人から3倍弱も増えている。牛久入管以外では、長崎県の大村入国管理センターと東京入管と大阪出入国在留管理局に長期収容の傾向がある。
これは、入管が仮放免を許可せず、外国人を長期にわたり閉じ込めているという状態が続くことを意味する。
NPO法人「難民支援協会」によれば、牛久入管で2016年に許可された仮放免378件に対し、不許可は375件。それが1年後には、それぞれが224件と803件と不許可が断然多くなっている。
その理由を牛久入管総務課に問い質すと、担当職員は「上からの収容を継続せよとの指示があるので」と回答した。
確かに指示はある。16年4月7日付で入国管理局長(現・出入国在留管理庁長官)が全国の収容所長に通知を出した。その概要は、2020年の東京オリンピックまでに、不法滞在者等「我が国社会に不安を与える外国人」の効率的・効果的な排除に積極的に取り組むことというものだ。さらに18年2月28日には、「収容に耐え難い傷病者でない限り、収容を継続しろ」との指示を出しているのだ。
つまり、外国人の収容や国外退去を徹底したうえで、無期限の収容に努めよと命令したということだ。
仮放免の実態は?
「確かに入管がひどくなったのは2016年からです」
こう話すのは、まゆみさんの夫で埼玉県川口市に住むトルコ国籍のクルド人、ウチャル・メメットさんだ。
クルド人は、トルコでは差別と弾圧の対象になっている。ウチャルさんも小学生のときクルド語を喋っただけで教師から殴られ、周囲の大人も反政府デモへの参加を理由に警察で拷問された。
ウチャルさんは2008年、18歳のとき、「平和な国」日本へと飛び、成田空港で難民認定申請をした。すぐに成田空港の収容施設、次いで牛久入管へと送られ、合計半年を過ごす。仮放免されると14年にまゆみさんと出会い、翌年1月に入籍した。
だが日本人と結婚しても、ウチャルさんの身分は今も「仮放免」のままだ。まゆみさんは「同じような組み合わせでも、子どもが生まれたら在留資格が与えられる事例はあるようです。子どもがいない場合は難しいですね」と語る。