今年(2020年)1月3日、イラン革命防衛隊コッズ部隊のカセム・ソレイマニ司令官を、米軍が空爆で殺害。これに対する報復として、同8日に、イランが隣国イラク内にある米軍基地を弾道ミサイルで攻撃。事前通告をしていたため、米軍兵士らが死亡することはなく、即座に全面戦争とはならなかったものの、依然、米国とイランの緊張関係が続いている。こうした中、日本は安倍政権が閣議決定だけで中東海域への海上自衛隊の派遣を決定。この中東への海上自衛隊の派遣を、どう見るべきなのか。
元防衛研究所長で、第二次・三次小泉政権、第一次安倍政権、福田政権、麻生政権で内閣官房副長官補を務めた柳澤協二さんが20年1月28日に都内で講演を行った。「海自は日本のタンカーを守れない」「日本が戦争に巻き込まれるリスクがある」と柳澤さんが指摘する問題点とはなんだろうか?
今回の海上自衛隊派遣の根拠は「調査・研究」である
トランプ大統領の掛け声の下、「有志連合」として、イランに面するホルムズ海峡周辺に、各国から海軍艦隊が派遣される。その名目はこの海域を行き来するタンカーなど民間の船舶の保護であるが、実際には対イラン海上包囲網であり、軍事的な圧力だ。日本も海上自衛隊の派遣を決定、今年1月20日から海自のP3C哨戒機が情報収集のため活動を開始。2月2日には護衛艦「たかなみ」も中東に向けて出航。同月下旬からアラビア海周辺で活動を本格化させている。これらの派遣について安倍政権は、「有志連合とは別の独自の派遣」だと説明する。つまり、米国のメンツに配慮しつつ、親日国イランに対しては、日本は同国への脅威ではない、と双方に配慮するものであり、「なかなかうまいやり方だ」と評するメディア関係者や外交評論家も少なくない。ただ、海自派遣の法的根拠や、その意義、リスク管理等に柳澤さんは疑問を投げかける。
「今回の中東海域への海自派遣は、防衛省設置法に基づく『調査・研究』であり、その調査内容は、『中東を航行する船舶の安全確保』だと日本政府は説明しています。そして、不測の事態が発生した場合、自衛隊法の『海上警備行動』に切り替え、『日本関係船舶を守る』としている。海上警備行動というのは、海上での人命・財産の保護や治安維持といった任務で、海上保安庁には手に負えない状況に対し、海自が代わって警察権を執行するというもので、防衛相が首相の承認を得て自衛隊に命じるものです、取り締まりのための武器使用も可能ですが、相手の船を破壊するなどの危害射撃は、正当防衛や緊急避難に限られます。
派遣の目的は『調査・研究』ですが、必要なときには海上警備行動を発令するとしていますから、そのための準備という意味があるのでしょう。しかし、『海上警備行動』ではタンカーを守れません。海上自衛隊がタンカーを守れるという幻想が持たれているのは、(ソマリア沖等での)海賊への対処で海自が派遣されたからでしょう。海賊行為は、普遍的な犯罪として、どこの国も警察権で取り締まることができます。しかし、相手がイランの革命防衛隊、つまり国または国に準ずる組織であった場合、日本の警察権(=海上警備行動)では取り締まれないことは、国際法上、明白です」
柳澤さんは、19年6月に日本企業の所有するタンカーがイラン近海で何者かに攻撃されたことを例に挙げ、こうした事態に、海自が対応することは事実上不可能だと語る。
「日本企業所有のタンカーへの攻撃については、なんらかの飛来物で攻撃されたとの船員の目撃情報がありましたが、これが陸からの、イラン側からのミサイル攻撃であれば、国あるいは国に準ずる組織による攻撃ですので、警察権(=海上警備行動)では対応できません。国または国に準ずる組織を相手に武力行使をする場合は、自衛権を行使する必要がありますが、それは日本がイランと戦争するということを意味します。しかし、日本としてはイランと戦争することは避けたい。したがって自衛権を行使することは、日本の選択肢としてはあり得ない。ですから、海自がタンカーを守るということはできないわけです。それなのに、自衛隊が行けばなんとかなるんじゃないかという、いい加減な誤解があるのです」
そもそも、なんの任務での派遣なのかが明確ではなく、そのため武器使用権限などのROE(交戦規定)が曖昧になるという問題も、「派遣される海自にとってはストレスでしょう」と柳澤さんは言う。
「今回の派遣の根拠は、日本の船舶の航行の安全についての『調査・研究』とされていますが、それは本来、国交省の管轄です。『調査・研究』だからなんでもいいということでもなく、自衛隊法のいかなる任務の『調査・研究』なのか、明確にされるべきなのです。例えば、北朝鮮のミサイルについての『調査・研究』でイージス艦を日本海に展開させる場合、それは万が一、ミサイルが発射された際に、そのミサイルを破壊するという実任務(破壊措置命令)のための『調査・研究』なのです。しかし、今回の海自の中東派遣では、その任務もはっきりしないまま、海自を派遣してしまっているのです。
恐らく、リスク回避のため、タンカーが攻撃されるような海域ではなく、陸地から離れた攻撃を受けにくい海域で海自は活動するでしょう。しかし、タンカーが襲撃を受けないところで調査を行っても、どんな脅威があるのかわかるはずがなく、情報収集の意味がありません。防衛省は米軍を中心とする有志連合の司令部にも、自衛官を派遣して、情報を収集させるとしていますが、それならば、わざわざ海自を派遣して『調査・研究』を行う意味がありません」
安全保障のジレンマ
そして、今回の派遣の最大の問題は「安全保障のジレンマ」だ。あくまで安倍政権は有志連合の一員ではなく、「調査・研究」と万が一の際に日本のタンカーを守る、というスタンスで海自を派遣している。しかし、そう日本の都合のよいようにいくだろうか?
「都合よく受け取ってくれるかは、相手次第」と柳澤さんは指摘する。
「今回の派遣で海自は、オマーンのフジャイラ港、米軍の第5艦隊がいるところで給油を受けたりするとのことですが、そこはちょっと危険ですね。イランから見れば、米軍と同じ基地にいる海自は、いくらそうではないといっても、有志連合側にくみしているように見えてしまう。
ソレイマニ司令官殺害のときのように、情勢が一気に変わる可能性もあります。(イラン隣国の)イラクの米軍基地へミサイルを発射した際に事前通告をし、米軍側の被害を軽減させるなど、イランが自制して全面戦争にはならなかったものの、もしイランのミサイルで米軍兵士が何人か死んでいたら、トランプ大統領も黙っていなかったしょう。イラクの親イラン勢力も、在イラク米軍や米国関係者への攻撃を続けるかもしれませんし、それをイラン側もコントロールできないかもしれません。対立そのものは残っているし、ボタンの掛け違いがあれば、いつでもまた戦争が勃発するような危機があるのです。
軍事的には意味がなく米国の顔を立てるためのアリバイづくりとしての自衛隊派遣なのですが、軍艦を出すということはどうしても軍事的な意味をもってしまいます。情勢が緊迫している中で軍隊を出せば、いくらタンカーを守りたいだけと言っても、相手には通じない可能性があるということです。こちらが防衛のためというつもりでも、相手からは脅威と受け取られる、典型的な『安全保障のジレンマ』に陥る恐れがあるのです。自衛隊を派遣していれば大丈夫だろうというのは、あまりに気軽な論議。日本自体が戦争に巻き込まれる可能性があります」
ソレイマニ司令官殺害の直後、イラン軍がウクライナの航空機を「誤射」で撃墜してしまったように、偶発的なリスクもある。