兵士不在でも抑止力なのか
迷走する沖縄の普天間基地問題は、鳩山政権を崩壊させた。退陣前、沖縄を訪問した鳩山由紀夫首相は「学べば学ぶにつけ、沖縄の米軍が連携して抑止力を維持している」と述べた。沖縄にさらなる負担を求めるための口実かもしれないが、一国の指導者の言葉は重い。「沖縄の米軍」は、嘉手納基地の空軍を除けば、普天間はじめ大半の基地を占めるのは海兵隊である。「沖縄の米軍」を知るには、まず海兵隊を知る必要があるだろう。
アメリカ海兵隊は上陸作戦を主任務とし、兵員やヘリコプター、戦闘機を海軍の揚陸艦に載せて出動する。その役割から「殴り込み部隊」と呼ばれることもある。第1海兵遠征軍はアメリカ本土西海岸のカリフォルニア州キャンプ・ペンドルトンに、第2海兵遠征軍は東海岸のノースカロライナ州キャンプ・レジューンに置かれ、海外に展開しているのは沖縄の第3海兵遠征軍だけである。
第1、第2はそれぞれ兵員5万2000人を擁し、指揮下には3個ずつの海兵遠征隊が置かれている。一方、定数1万8000人(日本外務省による)、実数で1万2402人(2008年9月、沖縄県調査による)とされる第3海兵遠征軍指揮下の海兵遠征隊は、第31海兵遠征隊(約2200人)の1個だけ。沖縄の海兵隊は「最小規模の海兵隊」ということができる。
唯一の実動部隊である第31海兵遠征隊は、普天間基地の中型ヘリコプター部隊、キャンプ・シュワブのうち1個歩兵大隊、キャンプ・ハンセンのうちの1個砲兵小隊などを組み合わせて編成される。
04年8月、第31海兵遠征隊は佐世保基地の強襲揚陸艦3隻に分乗してイラクに派遣され、翌年帰還するまで8カ月間、沖縄を留守にした。在沖縄海兵隊司令部によると、03年以降、イラク、アフガニスタンへ派遣された兵員数は1万1500人だ。沖縄の海兵隊は空席が目立つ。
沖縄に部隊があれば、兵士不在でも「抑止力」になるのか。在日米軍全体をみると、ちぐはぐぶりはより鮮明になる。
苦しい立場の海兵隊
アメリカ空軍三沢基地(青森)のF16戦闘機部隊は、レーダー破壊が専門の、朝鮮半島有事にも対応する特殊部隊だが、湾岸戦争以降、嘉手納基地のF15戦闘機と交互にイラクの監視飛行に派遣され、イラク戦争にも送り込まれた。三沢と嘉手納の戦闘機部隊も留守がちな部隊といえるだろう。日本側の反対で立ち消えになったが、昨09年4月、米軍は三沢からの全面撤退と嘉手納の戦闘機部隊の半減を防衛省に打診した。また06年に日米合意した米軍再編の議論においては、アメリカ側は、横田基地(東京)にある在日アメリカ空軍司令部を兼ねた第5空軍をグアムの第13空軍と合併させた後、グアム移転させる案を提示した。空軍司令部を消滅させる提案に日本側が驚き、強く反対したため、実現はしなかった。その後、第5空軍指揮下の複数の部隊が第13空軍に配置換えされ、米軍の思惑通り、司令部の空洞化は進んでいる。
日本側が在日米軍の「現状維持」を叫ぶのに対し、アメリカの考えはより柔軟なようだ。アメリカは01年から世界規模で米軍再編を開始した。アメリカ兵20万人の海外駐留で生じる財政支出を極力抑え、同盟国の人的、物的な協力によって「世界一の軍事力」を維持する狙いがある。緊急の海外展開が必要な場合、高速で輸送力のある大型輸送機を活用することにしている。
それでもアメリカは海兵隊の「沖縄駐留」維持を主張する。普天間基地の移設先を自由民主党政権で合意した名護市辺野古とし、譲らなかった。何か理由があるはずだ。
ここで海兵隊の立場にたって考えてみたい。海兵隊は米軍の四軍(陸、海、空軍と海兵隊)110万人の中で、最小の18万7000人しかいない。しかも海兵隊らしい上陸作戦を行ったのは1950年9月の朝鮮戦争での仁川上陸作戦が最後。半世紀以上も昔の話である。
アフガン攻撃やイラク戦争でも明らかな通り、現代戦で戦端を開くのは攻撃機や艦艇、潜水艦から発射される巡航ミサイルである。そして兵員は輸送機や輸送艦で運ばれる。もはや強襲揚陸艦から陸地に攻め上がる着上陸侵攻の戦法自体があり得ない。海兵隊は存在そのものが問われる危機的状況に陥っているといえるだろう。
その中でも最小規模である沖縄の第3海兵遠征軍は、苦しい局面に立たされている。緊急展開なら、アメリカ本土にある第1、第2海兵遠征軍の方が、輸送機に乗って素早く敵地に進出できる。「朝鮮半島に近い、台湾に近い」という見た目の距離と、実際の移動時間は比例しない。第3海兵遠征軍の価値は「唯一、海外に展開している」ということに尽き、沖縄に存在すること自体に意義があると考えるべきだろう。
米軍にとって日本は「楽園」
米軍再編により、沖縄の海兵隊8000人とその家族9000人は、グアムに移転する。外務省は移転するのは「司令部と後方支援の要員」と説明するが、米軍が09年11月に公表した「環境影響評価書」は、グアム移転する海兵隊を8552人とし、「第3海兵遠征軍司令部=3046人」「第3海兵師団陸上戦闘部隊=1100人」「第1航空団航空戦闘部隊=1856人」「第3海兵役務群=2550人」としている。外務省の説明にはない陸上戦闘部隊と航空戦闘部隊が含まれている。この二つの部隊はどこから移転するのか。普天間基地を抱える宜野湾市の伊波洋一市長は独自の分析から「沖縄から移転する」と明言する。だが、防衛省の担当幹部は「そんな計画は聞いていない」という。
普天間基地の辺野古移設を盛り込んだ10年5月28日の日米共同声明には「アメリカ側は沖縄に残る第3海兵遠征軍の部隊構成を検討する」の一文が盛り込まれた。普天間基地やキャンプ・シュワブからグアムへの移転をうかがわせるが、移転する部隊を決めるのはアメリカ側であることを確認したにすぎず、沖縄の負担軽減は「アメリカのさじ加減ひとつ」があらためて証明された。
米軍が日本に駐留するのは、主にアメリカ側の事情によることを忘れてはいけない。基地の地代はもちろん、基地従業員2万5000人の給料・賞与や米軍が公用・私用で使った光熱水料まで日本政府が負担してくれるのだから、アメリカにいるより安上がりだ。しかも出撃に際して行うはずの事前協議は、一度も日本政府から求められたことがない。米軍はいつでも、どこへでも自由に出撃できる。アメリカ兵にとって日本は楽園のようなものだろう。
沖縄は温暖で、海は美しい。同僚のアメリカ兵に襲われなければ、アメリカにいるより間違いなく安全だ。究極の楽園を占拠する海兵隊を「抑止力」と呼ぶのは、褒めすぎ以外の何ものでもない。