新興国の台頭が引き起こす資源価格の上昇
21世紀に入って、原油、貴金属、非鉄、レアメタル、穀物、コーヒー、天然ゴムなどの資源価格が激しく高騰するようになった。2008年9月の金融危機により一時的に急落したものの、資源価格は09年を底に再び上昇基調に転じている。筆者は、これは資源に「均衡点価格の変化」が起こっているとみている。一般に資源価格は、長期的には需要と供給を反映した形で決まり、上下一定の幅の価格帯のなかで循環的な変動を繰り返す。これに対し、価格の均衡点変化とは、この価格帯そのものが、新たな均衡点を模索して上方にシフトする動きである。
資源価格は、1960年代までの低位安定期、70年代の2度の石油ショックを契機とした上昇期を経て、80年代に入ると下落に転じ、90年代までは総じて需要と供給が安定し、安価となる時代が続いた。この間の先進国における一般物価の上昇を考え合わせると、実質価格でみれば、資源は長期にわたり下落基調にあったといえる。一般物価を工業製品価格に、資源の価格をその原材料価格に置き換えてみれば、2000年代に入ってからの名目価格での資源急騰は、それまで安すぎた原材料価格が、工業製品価格に追いつく動きであると捉えることができよう。
この背景には、世界経済におけるパワーシフトがある。1990年代までは、人口8億弱の先進国が世界経済を牽引(けんいん)し、資源をほぼ独占して使うことができた時代である。経済が成熟化しているため、成長しても新たに資源需要が喚起される状況になく、先進国の景気変動に応じて資源需給が変動し、価格がそれに対応するという動きであった。
しかし、2000年以降、そこに中国、インドなど、人口30億人を擁する新興国の工業化による持続的な成長が加わったことで、資源需要が新たに喚起されて供給がひっ迫し、価格が大きく上昇した。資源価格は将来の需要を織り込む形で決まるようになった。
通常は、価格が上昇すれば、1970年代のオイルショック時と同様、市場メカニズムが働いて資源開発が進む一方、需要が抑制され価格は安定に向かうはずである。この意味では、現在起こっている資源価格の上昇は、70年代とよく似ているものの、大きく異なる点がある。資源の枯渇と地球温暖化という「2つの危機」が急速に進んでいることだ。ちなみに、ここでいう資源とは、「濃縮した形で、経済的にアクセスがたやすい場所に大量にある」自然物のことである。生産コストが安く、技術的にも生産が容易でなくてはならないのである。しかし、いまや良質な資源は開発され尽くされ、生産され続けた結果、「資源の枯渇」と「地球温暖化」という問題が生じるようになった。
国家資源戦略を推し進める中国
資源問題の本質を捉え、国家レベルでの資源戦略を打ち出しているのが中国である。中国は、一国としてみた場合には経済大国で資源大国であるものの、13億の人口で割ると、経済小国、資源貧国である。今後、社会安定に必要な8~9%の成長を維持するためには、国内資源だけでは足りず、海外の資源を積極的に活用せざるを得ない。そのような中国にとって、金融危機による資源価格の暴落は、権益確保を含めた国家資源戦略を本格的に進める絶好のチャンスとなった。
石油、天然ガス、石炭、ウラン、鉄、マンガン、銅、アルミニウム、亜鉛、鉛、レアアース(希土類)、タングステン、モリブデン、アンチモン、チタン、リン、硫黄、カリ塩、ベントナイト(粘土)、蛍石などの資源保有で、中国は世界シェアの多くを占める。
通常、資源国による自国資源の囲い込みを、資源ナショナリズムという。しかし、世界有数の資源保有国でありながら、旺盛な国内需要をまかない切れず、海外の資源をあさる中国の姿は、まさに新・資源ナショナリズムと言えよう。
中国の国家資源戦略の柱は3つである。
第1は、国内外で供給量を確保することである。まず、2015年までに、国内において石炭で埋蔵量250年分、原油で20数年分を新たに探鉱・開発する。中国には石炭や原油など、まだまだ十分に調査されていない資源が多いためである。さらに海外で、石油、天然ガス、鉄鉱石、銅鉱石、レアメタルなどの資源の権益確保を狙って、アフリカ、中近東、中南米、オーストラリアへのアプローチを強めていく。
第2は戦略備蓄構想である。中国は、08年8月、国家発展改革委員会の中に「国家エネルギー局」を新設。既存の4カ所(鎮海、舟山、大連、黄島)の原油備蓄基地に加え、5年後をめどに新たに8カ所を設け、備蓄量を現在の2.6倍に当たる2億7000万バレルに増やす計画だ。食糧についても、地域ごとに分散していた食糧備蓄施設を、国有企業のシノグレイン(中国食糧備蓄管理総公司)へと一本化させつつ、大連港を整備し食糧の国家備蓄を厚くしている。
第3は、需要サイドでの省エネ・省資源化である。「二高一資」産業、すなわち鉄鋼、非鉄金属、石炭、電力、石油化学、建材といった、エネルギー消費が「高く」、環境への負荷が「高い」産業と、「資源」消費量の大きい産業を高度化することで、GDP(国内総生産)当たりエネルギー消費量を削減する計画である。同時に、単位GDP当たりの二酸化炭素(CO2)発生量を低下させる。20年までに、CO2の発生量を対GDP比40~45%削減(05年比)する計画だ。
資源価格上昇は産業創出の「好機」
資源価格の「均衡点の変化」は、これまで石油や石炭といった地下系の資源によって成長してきた20世紀型成長モデルの限界を示すものであり、資源の枯渇と地球温暖化という「2つの危機」に早く対応せよと、相場が催促しているものと捉えることができる。この点、最近の太陽光発電、太陽熱発電、二次電池、燃料電池、スマートグリッド、ハイブリッドカー、電気自動車などの開発ブームは、いわば「太陽系エネルギー」によって立つ21世紀型経済成長を模索する動きと言えよう。しかし、これら太陽系エネルギー産業群もまた、レアメタルなど新たな資源需要を喚起するのも事実である。こうしたなか、日本には独自の資源戦略が求められている。資源供給先を多角化し、国家戦略備蓄を強化することに加え、廃棄された電化製品中の資源をリサイクルする「都市鉱山」開発のシステムを構築し、高い技術力を生かして、代替材料を開発するべきである。そのためには、オールジャパンによる一点突破の国家資源戦略を確立し、長期的な人材育成に力を注ぐ必要があるだろう。
高い資源時代の到来は、企業にとっては大変なコストアップ要因であり、経営を直撃する。しかし、あらゆる資源価格の「均衡点が変わる」ということは、それまで商業ベースに乗らなかった様々な投資機会が到来することでもある。様々な分野で企業のイノベーション(技術革新)が喚起され、新たな産業、新たな市場を生み出す好機である。