少数派でも影響力をもつ推特(ツイッター)
急速に発展する中国を反映するかのように、インターネット人口が4億人を超え、数では世界一のネット大国となった中国。その中で少数派、しかも政府の様々な規制を受けながらも、世論をリードする影響力を発揮している活発な一群がある。中国の「推友」たちだ。「推友」とはツイッターユーザーのこと。中国語でツイッターは「推特(tuite)」と呼ばれ、そこからこの名前がついた。ちなみにネットユーザーは「網友」、ネット市民(ネチズン)は「網民」だ。
日本ではツイッターと言えば、「~なう」に代表されるように個人の身の回りの出来事を日記風につぶやいたり、有名人のつぶやきをフォローしたりできるのが魅力で、どちらかと言えばプライベートな使い方が中心だ。しかし、中国ではツイッターの使われ方はまったく異なる。つまり「網民」が政治、社会の様々な問題について、自らの意見や情報を発信し、交流しあう場となっているのだ。
中国ではご存知の通り、新聞、雑誌、放送などのいわゆる伝統メディアは政府のコントロールのもとにある。日本であれば個人が新聞や雑誌へ投書し、自らの意見を発表することは可能だ。だが中国ではメディアに発表される内容は共産党中央宣伝部などの検閲を受ける。社会の安定に大きな影響を与えかねない重要ニュースは、発表を止められたり、国営通信社である新華社の共通原稿を使うことが義務付けられ、メディア独自の評論は許されない。記者一人一人にも「記者証」が政府から発行され、これがないと公式の会見などで取材ができない。
ブログ、BBS(掲示板)、ニュースへのコメント欄への書き込みなど、比較的自由な意見の表明が確保されているネットですら、管理部門のコントロール下に置かれている。ネット上の反政府的な言論を取り締まる「ネット警察」の存在は聞いたことがあるだろう。加えて何重もの管理システムにより、政府にとって危険とされるキーワードを入力すれば即時に削除され、海外の“反中国的”サイトなどへのアクセスはできない。
これらのネット規制は中国で「GREAT FIREWALL」、略称GFWと呼ばれている。つまり「GREAT WALL」(万里の長城)と「FIREWALL」の造語である。
デモの現場から実況中継
だがどんな規制があっても、それを何とか乗り越えようとする中国のネットユーザーにとって、格好のツールが現れた。それがツイッターだ。中国のネットジャーナリスト、安替(ペンネーム)は、香港有線テレビが2010年4月に放送した「網絡力量(ネットのパワー)」という番組で、ツイッターについてこう述べている。
「ツイッターは情報流通の方法を完全にひっくり返した。中国の伝統メディアや検閲機関は、自分たちが情報を流す前には、大衆はそれを知らないだろうという前提に基づいている。ところがツイッターによって、大衆が先にニュースを知り、自ら発信することができるようになったのだ。長年こうした因習に漬かってきた伝統メディアや検閲機関にとって、これは大きな衝撃だ」
ツイッターを使って盛んに発信するのは、記者証を持たない「草の根記者」と呼ばれる在野のジャーナリストや民主活動家だ。中国のメディアが沈黙する“敏感な”ニュースも、彼らは構うことなく現場に駆けつけ発信する。特に近年中国で頻発する民衆暴動や政府への抗議行動では、しばしばツイッターユーザーの姿が見られるようになった。10年7月に広州市で発生した広東語使用規制に反対するデモでは、推友たちはスマートフォンを手に現場に駆けつけ、デモの様子をツイッターで中継。写真や動画がネット上にアップロードされ、現場で何が起きているか、日本にいる筆者もリアルタイムで知ることができた。
こうしてツイッター上に流れる情報は伝統メディアにも影響を与えている。先日来日した上海のある女性記者も「書き込みはしないが、ニュースの参考にするためよく見ている」と語った。
09年末から10年2月にかけて、中国当局による入国拒否に抗議、成田空港の入国カウンター手前で籠城生活を続けた人権活動家、馮正虎も、ツイッターを使って発信を続けた。その結果、1万5000人を超えるフォロワーが彼を支持、無事帰国を勝ち取ることができた。この間、中国メディアは彼の動向を1行も報じなかったが、上海の空港では大勢の推友が彼の帰国を歓迎した。
当然のことながら中国政府はこうしたツイッターの動向を警戒している。09年7月の新疆ウイグル自治区での暴動をきっかけに、ツイッターはユーチューブ、フェイスブックなどとともに閉鎖された。だがツイッターは「サードパーティー」と言われる各種サービスやアプリケーションにより、「GFW」を乗り越えて今でも発信され続けている。
「ツイッターなどのミニブログが公安工作に与える影響」と題する、警察関係者によるとみられる文章は、「ツイッターの反応速度は分単位、さらには秒単位となった。ネット管理部門にとってこれまでのやり方で情報を封鎖し、阻止するのはほとんど不可能だ」と、ツイッターの“脅威”を指摘している。
劉暁波から蒼井そらまで
10年10月8日、中国の民主活動家、劉暁波のノーベル平和賞受賞が決まった。国家政権転覆扇動罪で劉を投獄した中国政府は、メディア、ネットに対して厳しい言論統制を敷いた。ところがツイッター上では、発表とともに受賞を知らせる大量の書き込みが流れ、「本当によかった」「今晩はみんなで祝杯を上げよう」「歴史的な瞬間だ」「涙が止まらない」といったコメントであふれた。もはやネットの世界では旧態依然の言論統制は役に立たないことが、あらためて証明されたのである。ツイッターはユーモアとパロディーの宝庫でもある。つい先日も、「勇猛なる人民網ユーザー」という面白い書き込みを見つけた。最近、人民網(人民日報ウェブサイト)で胡錦濤や温家宝ら中国の指導者にメッセージを送れる「直通中南海」(中南海=中国政府中枢)というサイトがオープンしたが、そこにあるネットユーザーが「偉大なる温家宝総理、あなたの余暇の過ごし方についてお聞きします。太極拳がお好きなほかに、波多野結衣さんもお好きですか?」と書き込んだのだ。管理者が日本のAV女優のことだと気づかなかったため、この書き込みはしばらくの間、人民網に表示されたままだった。
AVと言えば、中国でも人気のある女優、蒼井そらに1晩で1万人以上のフォロワーがついたのも一種のお祭り騒ぎだった。だがこのように瞬時に大衆を動員できる力は政府にとっても恐るべきものだ。ツイッターを何とか規制したいという当局と、自由なネット空間を守りたいという網民たちのせめぎ合いは今後も続くだろう。