欧州各国極右が一堂に会しサミットを開催
トランプ大統領が就任式を行った翌日の2017年1月21日、ライン川とモーゼル川が合流するドイツ西部の都市コブレンツで「もうひとつの欧州サミット」という名の会合が開催された。この会合に馳せ参じたのは、今年(17年)選挙を迎えるフランス極右「国民戦線」のマリーヌ・ルペン党首、オランダの総選挙で得票数2位を獲得した極右「自由党」のヘルト・ウィルダース党首、ドイツ新興右派「ドイツのための選択肢」のフラウケ・ペトリ党首など、近頃日本でも目にする名前の政治家も含む、欧州9カ国の政党関係者だ。いずれも反欧州連合(反EU)や移民排斥などを主張して支持を伸ばしてきた欧州各国の右派ポピュリズム政党や極右政党の党首たちである。会合の主催は「国家と自由の欧州」(Europe of Nations and Freedom : 略称はENF) という団体だ。
日本ではまだ聞き慣れないが、これらはEU批判を旗印にした右翼政党たちが15年6月15日に結成した欧州議会の会派であり、他にも「オーストリア自由党」や「イタリア北部同盟」、ベルギー「フラームス・べランフ(フラマン人の利益)」、ポーランド「新右翼会議」など、女性参政権すら認めない主張をする極右政党らの連合体を構成している。会合自体は昨年1月に次いで2度目の試みだ。このように自国第一主義を主張する政治家たちは、国境横断的につながりを持ち始めた。
各国の極右政党同士は各国ならびに欧州議会での支持拡大を狙っているばかりではない。イギリスのEU離脱を先導したイギリス独立党(UKIP)のナイジェル・ファラージ前党首は、昨年11月の米大統領選からわずか4日後にトランプ氏と面会した。外国の政治家としては初面会だった。フランス国民戦線のルペン党首も17年1月12日にトランプタワーを訪問している。かれらは大西洋をまたいでの相乗効果を狙っているのである。
ポピュリズムとは何か、ポピュリストとは誰か?
これら現在台頭しつつある欧州の極右政党やトランプ大統領の選挙と政権運営手法は、しばしばポピュリズムだと形容される。それには大衆迎合主義やデマゴーグ、機会主義者などの意味合いも含まれる。人気獲得のための聞こえのよい政策を実現の根拠や内容が乏しいまま威勢よく喧伝・扇動し、いざというときには責任をとらない政治家といった印象を抱く人も多いだろう。実際に16年に実施されたイギリスのEU離脱をめぐる国民投票で、離脱派を引っ張ってきたUKIPのファラージは、世論誘導のために数々の嘘をついていたことを投票後に認め、収拾がつかなくなり党首を辞任する事態となった。さらにポピュリズムの特徴として、反エリート主義、反知性主義、既得権益批判、強いリーダーなどが挙げられる。イギリス独立党やフランス国民戦線、オランダ自由党は、みな異口同音にEUは非民主的で官僚主義的な帝国だと批判し、自国の政策は、EUで強い発言力を持つアンゲラ・メルケル首相とブリュッセルにいるEUの官僚たちではなく、自国民が決めるべきであり、これらを引っ張れるのが自分だと主張する。
こうした反エリート主義と既得権益批判、強いリーダーシップといえば、少し前ではアルゼンチンのフアン・ペロン元大統領、オーストリアの政治家イェルク・ハイダー、フランスのニコラ・サルコジ前大統領、イタリアのシルヴィオ・ベルルスコーニ元首相、そして日本の小泉純一郎元首相などがこうした意味でのポピュリストだった。近年ではさらに反知性主義的な色彩を帯び、フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領やイタリアの五つ星運動指導者のベッペ・グリッロ、ハンガリーのオルバン政権などがポピュリズムの典型だとされている。くわえて反グローバリズムや反新自由主義、反EUとの関連性では、右派のみならずスペインのポデモスやギリシャのシリザなどの左派政党も含まれる。
右派と左派双方のポピュリズムの広がり
このように現在の特徴を見てみると、ポピュリズムは必ずしも右派、すなわち保守勢力の占有物でもなければ、左派すなわち革新の勢力に限られるものでもない。アメリカ大統領選におけるトランプ現象の表層的な原動力は、おもに反エリートと反エスタブリッシュメント、既得権益批判であった(現実の政策では市場透明化策の廃止や金融規制緩和など、ウォール街の既得権益層の利益強化が差し込まれているのだが)。政治のアウトサイダーであるトランプ氏が掲げた政策が、いわゆるラストベルトと呼ばれる米中西部から北東部ニューイングランドにかけての斜陽産業が集中する地域の人々の心をわしづかみにしたことは、多くのメディアが報じているところだ。他方で、民主社会主義者を自称して、公立大学の学費無償化や連邦最低賃金を15ドルへ引き上げることを掲げ、若者を中心に広範な支持を集めたバーニー・サンダースの躍進として語られるサンダース現象は、同様に反エリートと反エスタブリッシュメントの旗印として闘った点からも、トランプ現象の左派版とも言える。
緊縮財政を押しつけてくるEUに対して、反EUを掲げてギリシャで政権与党になったシリザは、左派ポピュリズムの一大成功例である。同じく14年 9 月のスコットランドの独立をめぐる国民投票で存在感を示したニコラ・スタージョン率いるスコットランド国民党や、15年9月にイギリスの労働党党首に選出されたジェレミー・コービンも、緊縮財政批判などの左派ポピュリズム的な手法を展開している。かれらに共通する特徴は、実現可能性は二の次でかれらにとっての理想的な政策を打ち出すことで、政治の論点を分かりやすく二極的な構造に単純化し、若者をはじめとした広範な支持層を獲得しているところだ。
この広範な支持層の広がりというのは、過去に想定されていたポピュリズムのイメージをかろやかに裏切ってみせるものだろう。では現在のポピュリズムをめぐって、どのような理論構成がなされているのだろうか。
ポピュリズムの政治理論
ギリシャのシリザやスペインのポデモスといった左派ポピュリズムが理論的な基盤としていたのが、左派の政治理論家エルネスト・ラクラウ(1935年~2014年、アルゼンチン出身)とシャンタル・ムフ(1943年~、ベルギー出身)の議論である。ラクラウは、新しい社会運動などによって既存のマルクス主義における経済決定論と階級対立が全面的に批判され出した1970年代から一貫して、ポピュリズムを民主主義的な左派運動にとって不可欠の存在と捉えてきた。そこではポピュリズムは必ずしもネガティブな政治現象として考えず、むしろデモス(民衆)の民意の顕現として、能動的で肯定的に見なされてきた。ラクラウらは、ポピュリズムが既存の政治枠組みが揺らぐ際に登場すると説いた。こんにちでいえばグローバル資本主義の展開と国民国家の弱体化はそのような事態にあたる。既存のヘゲモニー(覇権)的秩序が揺らぎ、政治的な敵対性の顕在化が不可避となり「政治的なもの」が立ち現れる状況下では、いかなる政治運動も、大なり小なりポピュリズムから逃れることができない。ポピュリズムは、ラクラウらにとっては経済や階級決定論でもなければ、所与としての人々のアイデンティティーを表明するものでもなく、その時々の敵対性の差し向け方に応じて出てくる「政治的なもの」をめぐる運動と、そこでのイデオロギーを通じて、新しい普遍性を帯びた「人民」自体が構築されるものなのである。
したがって理論的には、ポピュリズムによって構築される人民は経済的な同質性を超えて形成されるばかりか、国境の内側の同質性をも超えてある種の普遍性を帯びて形成されうる。これは、しばしばポピュリズムの批判者が、ポピュリズムを貧しい人々や労働者の運動などの階級還元論ととり見誤ったのとは異なる。経済的な要素などを超えての等価性が何によって担われるのかについては、ラクラウの議論に加えて、アメリカの政治理論家アイリス・ヤング(1949年~2006年)が指摘したようにレトリックや物語などの効果的な活用も挙げられるだろう。これらは立場や境遇の異なる人々を結びつける一助となっているのだ。ようするに1990年代から2000年代の熟議論的転回が切り捨てた、非理性的で不合理なコミュニケーションのモードが力を発揮し、2010年代では左右両派のポピュリズムを牽引しているのである。