欧州へ攻勢をかけるプーチン
プーチン・ロシア大統領は欧州への外交攻勢を強めている。2013年秋に発生したウクライナ問題で米欧との関係が悪化して以降、プーチンが欧州に出向くのは、同問題に関する協議や気候変動サミットへの参加など多国間協議の場にほぼ限られていた。国別の外遊先としては、イタリア(15年6月)やギリシャ(16年5月)といった対ロシア経済制裁にどちらかといえば消極的な国々や、セルビア(14年10月)のように民族的にも近しい親ロシア国を、選択して訪問していた。しかし、プーチンはもはや欧州にとって「招かざる客」ではない。16年7月のフィンランド訪問以来、彼が過去1年強のあいだに訪問した欧州諸国は計7カ国にのぼる。これは、ウクライナ危機発生以降、最も高い頻度となっている。
そして17年5月以降、プーチンによる対欧州攻勢は一つの山場を迎えているといえよう。まず、同月末のフランス訪問は、フランソワ・オランド前政権末期にシリア情勢をめぐってこじれた関係を修復する機会となった。就任間もないエマニュエル・マクロン大統領と会い、仕切り直しに向けた一歩を踏み出したのである。
次いで、7月7・8日のハンブルクG20サミットでも、ホスト国ドイツのアンゲラ・メルケル首相に匹敵する頻度で、プーチンは引き続きマクロン大統領と協議の場を持った。3人は、それぞれの二国間会談に加え、サミット2日目にワーキング・ブレックファーストに臨んだ。そこでは、彼らが共有する重要案件であるウクライナ紛争について、主に協議をしたものとみられる。
いまだに続くウクライナ紛争
ロシアはウクライナ紛争の事実上の当事国であるが、他方ではドイツ、フランスとともにウクライナ東部の親ロシア派勢力の停戦履行の調停者でもある。そのウクライナ東部の停戦ラインでは戦闘が断続的に起こっており、駐ウクライナ国連人権監視団によれば、17年に入り紛争の犠牲者数は1万人を突破した。G7によるロシアへの経済制裁も続いているが、それが解決のための決定打とならないまま、紛争は長期化している。事態が膠着するなか、ドイツ、フランス、ロシアは地域情勢についての協議の頻度を高めざるを得なくなっている。このような状況を背景に、G20サミットは、ロシアがG7からの制裁対象国としての劣位を感じることなく外交攻勢をかける格好の舞台となった。シリア紛争をめぐる米ロの協調と対立
G20サミットを機に、シリア問題についても一つの進展があった。初顔合わせとなったトランプ・プーチン会談後、米ロは、シリアに隣接するヨルダンを含む3カ国の合意として、シリア南西部3県に避難民保護などを目的とする「緊張緩和地帯」すなわち安全地帯を設け、ロシア軍による監視のもと停戦を進めることを発表した。また、今後、安全地帯の領域は、拡大する方針であるという。予定時間を大幅に超えて2時間以上にわたった会談のあいだ、プーチンとトランプは打ち解けた様子であったという。席上、プーチンはトランプ政権のロシア・ゲート疑惑(アメリカ大統領選挙へのロシアの関与)やロシアからのサイバー攻撃を明確に否定した。これは、アメリカ国内の世論を意識した、見方によっては両首脳が共有する利害のための「演出」とも受け取られかねないやりとりであった。
だが、シリア問題について、米ロはこれからも水面下で対立を続けるとみてよいだろう。シリアのバッシャール・アサド政権の処遇をめぐって、米ロはまったく立場が異なっている。17年4月7日未明、アメリカ軍の巡航ミサイルによって、アサド側の管理する空港が攻撃されたことは記憶に新しい。トランプ大統領は、この攻撃をアサド政権が何の罪もない市民に対して化学兵器を使用したことに対する報復措置であるとした。しかし、アサド政権を支援するロシアは、これを国際法に違反する侵略行為だとして強く非難した。ロシアはまた、シリア軍が保有していた化学兵器の廃棄は、国連の専門機関によって記録・確認されてきたと主張し、化学兵器の使用が反アサド「テロリスト」によるものであることを示唆した。G20サミットでの米ロ会談で、この問題についてどのような議論があったのか、現時点で詳細は不明である。
ロシアはシリア問題でアメリカと対立するかたわら、地域安定化・和平に向けて独自に関係諸国と協議を続けてきた。17年5月、ロシアは、カザフスタンの首都アスタナで継続していたシリア和平協議において、イランとトルコとともにシリアでの安全地帯設置について覚書を交わした。イランは従来からアサド政権を支持してきた一方、トルコは反アサド諸勢力を支援してきた。利害の対立していた両国を巻き込んで、ロシアが和平に向けた国際合意を主導したことは意義深い。ただし、その実効性については当初から疑問の声が上がっていた。
今回の米ロ合意で示された安全地帯は、5月の覚書での設定に比べると地理的にはより限定されている。しかし、この合意が実効性をともなうものとなれば、「停戦保証国」としてシリア紛争の解決に向けて努力を続けてきたロシアとしても、利害が対立するなかでアメリカと協力したモデルケースとして注目されることとなろう。
トランプ政権にユーラシア戦略はあるのか?
発足当初、トランプ政権は「アメリカ第一(アメリカ・ファースト)」のスローガンのもと、国際的な規範や理念の保護者ではなく、直接的な国益を重視する外交に舵を切る、と見られていた。「世界の警察官」としてのアメリカの役割は、前任者・オバマ大統領の時代から次第に後退していたが、より内向きの志向にもとづく外交政策が、トランプによって進められるものと考えられていた。しかし、発足から半年が経過し、トランプ政権は、対外政策について必ずしも「内向き」と言い切ることのできない行動もわれわれに見せつけてきた。上述のシリアへの巡航ミサイル攻撃、また、われわれ日本人に強く印象付けたように、北朝鮮の相次ぐミサイル発射に対して、一時的とはいえ原子力空母を日本海に展開するなど、比類ない軍事力を使って敵対勢力に圧力をかけている。
これらについて、トランプ外交がより現実的な路線を取りつつあるのだと評価することもできよう。また、国際社会と共有できる確固たる規範や理念にもとづかないまま、現存する圧倒的な軍事力を持て余したうえでの行動とも指摘できる。いずれにしても、国際秩序の構築を主導できない、という点においてアメリカはもはや覇権国としての役割から後退しているのである。
実際のところ、ユーラシア大陸全域にわたる情勢を見渡し、あるべき世界像を示す姿勢を、現在のトランプ政権に期待することはできない。現政権がユーラシアにおいて辛うじてなしえているのは、アメリカと対立するロシアの影響力をこれ以上拡大させないための善後策に過ぎない。イスラム過激主義によるテロの根絶は、トランプ政権が安全保障分野でロシアと共有している数少ない課題である。しかし、この点でロシアと協調することの難しさは、まさにシリア和平に向けた協議が混とんとしたままであり、展望が見えてこないことが如実に物語っている。
アフガニスタンのトラウマを克服したロシア
ユーラシアにおけるテロ対策にとって重要なもう一つの地域は、アフガニスタンとその周辺である。不安定なアフガニスタン情勢の克服は1970年代から続く難題であり、冷戦期のソ連(ロシア)は80年代を通じて軍事介入を行い、アフガニスタンの社会主義政権を支えた。