国民負担率
政府に対する国民の考え方を、国民負担率を例に考えてみよう。国民負担率とは、国民が、その所得(国民所得)のうち、どの程度を税や保険料として負担しているかを示す数値である。「税金は政府に取り上げられるもの」という意識が強い日本では、税や保険料を軽くしてくれる政府が良い政府と思いがちだ。実際、日本の政府は、四半世紀にわたって、国民負担率を高くしないことを国是としてきた。その結果、高齢化率が20%を超えた今でも、日本の国民負担率は40%以下にとどまっている。日本の国民負担率はアメリカよりも高いが、ヨーロッパの国と比べるとかなり低い。スウェーデン人は、実に所得の7割を税保険料に支払っているのだ()。社会保障の水準
国民に税保険料を負担してもらう額が低いということは、とりもなおさず政府が国民のために支出する額が低いということである。それは、支出の中でも大きな比率を占める社会保障の水準が低いことを意味する。各国の社会支出(社会保障などの支出)の対国民所得比を比べると、国民負担率の高い国ほど、社会支出の規模も大きい。 日本の社会支出の対国民所得比は25.6%で、アメリカより高いが、ヨーロッパの国々の水準を大きく下回っている。スウェーデンは44.1%で、政府が人々の生活を支える上で大きな役割を果たしていることがわかる。社会保障の規模が大きいほど国民は幸せだとは簡単にいえないが、社会保障の規模が大きいほど人々の生活に格差は少なく、生活に苦しむ人は少ないといえる。児童手当と所得税の児童扶養控除
諸外国と比べて、特に日本が立ち遅れている分野のひとつは、児童手当など子どもを育てる家族に対する給付である。日本の家族に対する給付費の国民所得に占める比率は、ヨーロッパの国々の3分の1ないし4分の1である。この点に関しても、日本人の政府に対する考え方の特徴がよく出ている。日本の児童手当は、受給対象者も限られているし、支給額も月5000円とか1万円と非常に低い。一方、子どもを育てる親に対する所得税の軽減措置(所得控除制度)は寛大である。子どもを持つ親は、経済的に大変だから税金が軽減されているのである。実に国民思いの政府のようだが、実際には、本当に子育てで苦しんでいる若い親にとっては、そもそもはじめから払う所得税が少ないので、この制度のメリットは少ない。この制度は、税率が高くなる高所得者ほど得をする制度である。だから、多くの国では、子どもを持つことで得られる所得税の軽減制度をなくし、言い換えれば増税し、その財源を、子育て家族に等しく配分できる児童手当の引き上げに用いてきた。政治家は庶民のためであるかのように減税を訴えるが、それで得をするのは経済的に余裕のある人々であることが多い。
国民健康保険と国民皆保険
日本の社会保障は、不十分な点も多いが、世界に誇れる点もある。誇れる点のひとつは国民皆保険で、1961年から医療保険や年金保険が全国民に適用されている。現在、国民年金や国民健康保険で保険料の未納が大きな問題になっているが、逆にいえば日本は、社会保険が適用しにくい人々を排除することなく、早くから全国民に社会保険を普及させてきたことを意味している。医療保険を例に取ると、サラリーマンや公務員など職場で加入する健康保険や共済組合とは別に、市町村が運営する国民健康保険があり、職場で医療保険に加入できない人は必ず国民健康保険に加入することになっている。だからこの制度は、自営業や農林漁業の人々、零細事業所の従業員やパート就労者、高齢者などのための制度となっている。所得の低い人が多く、保険料の徴収も容易でないため、国庫負担は給付費の半分を占め、かつ老人保健制度を通して、サラリーマンや公務員も援助する仕組みがとられている。
西欧諸国でも、パートの就労者などが増え、そうした人々にも保険を適用することが必要となり、皆保険体制をとる国が増えるようになった。それとともに、医療保険に対する国の補助も、異なる保険制度間の助け合い機能も強化されるようになった。日本の皆保険は、もっと注目されていい制度であるし、われわれはこれを大事に維持していかなければならない。
介護保険
1980年代までは、日本の社会保障が西欧諸国と比べて、最も劣っていたのは高齢者福祉の分野であった。 進んだ西欧の高齢者福祉の政策に学びつつ、90年代に基盤整備を進め、日本の家族や社会の実情に合うよう工夫して生まれたのが、2000年に実施された介護保険である。介護保険にも問題はたくさんあるが、1990年代以降の改革で高齢者福祉の状況は大きく変わり、今では、西欧諸国からも日本の介護保険が注目されるようになっている。介護ニーズの増加に対応して、介護給付も急速に増加するようになった()。社会保障の今後
国民皆保険体制や介護保険といった、日本の社会保障の良いところを支えるのは、政府であり国民である。保険財政はどれをとっても非常に厳しいが、政府がしっかりと財政的に支え、国民が税保険料の負担を通してそれを後押ししないと、皆保険体制も介護保険も維持できなくなる。残念ながら、今世紀に入ってからの日本政府の政策は、財政的な支援を大きく後退させるもので、このままでは日本の社会保障の大切な遺産が名前だけのものとなりかねない。