都市部を中心に広がる現代病の一つ
現在、日本人のうつ病有病率は12%程度と推定され、全国民の約8人に1人はうつ病か、うつ状態にあるという。うつ病という病気は朝方に抑うつ気分が出る場合が多く、自分を責め、食欲が減衰し、眠れなくなるなどの症状を伴う。ところが最近、都市部を中心に今までと異なった新しいタイプのうつ病が急増し、全体の半数近くまで広がっているという報告さえある。この新しいうつ症状は夕暮れ時に出現することが多く、他責的で、過眠や過食が特徴。そのうえ会社に出勤している間は憂うつで仕事が手につかないが、家に帰れば好きな趣味に熱中できる…といった具合に、自分にとって好ましい状況下では抑うつ感が消失して行動的になる。この点も大きく異なっており、時には行動的になりすぎて軽い躁うつ病と診断されるほどだ。
そして何よりも困ったことに、新型うつ病に罹った人は、他人の言動に傷つきやすくなるのである。例えば、自分の作った企画書に上司が少し注文をつけただけで、全人格を否定されたかのように感じて会社を休んでしまう。同僚から口紅がいつもより赤いと言われただけで、淫らな女という烙印を押されたかのように思いこみ、その人とは口を利かなくなってしまう。
こうした状態を「拒絶過敏性」と呼ぶが、新型うつ病では、これが原因して社会機能が低下し、下り坂の人生を歩むことになってしまう人が少なくない。不安、焦燥感、孤独感が先に立ち、そのやるせない気持ちを紛らわせるためにリストカットなどの自傷行為、買い物やギャンブル、性への依存にも陥りやすくなるのだ。
親子関係の疎薄が発症の土壌に
さらに激しいマイナス感情が、形を変えて怒りの発作として出てくることもある。些細なことで激しく腹を立て、物にあたったり、時には暴力へと発展することもある。抑うつと攻撃性とは裏腹の関係にあり、従来の定型うつ病では、攻撃が内側に向かうために自殺という形で現れた。しかし新型うつ病の場合は、攻撃が外へ向かってしまい、時には自分以外を傷つけるケースが生じることもある。
私見であるが、2008年6月に秋葉原で起きた無差別殺傷事件の犯人には、対人恐怖と身体醜形恐怖があったと考えられる。希薄な人間関係をネット依存で満たそうとしたが、多くの場合無視され、写真で見る限り特別な醜男でもないのにそのように思いこむ。誰からも適切なアドバイスや励ましの言葉をもらうことなく、ひたすら一人で悩む時間が続けば、うつ状態となるのは必至である。そうして昇華されない不安と抑うつが、無差別殺人という犯罪を引き起こしてしまった可能性は捨てきれない。
信頼できる欧米の疫学調査によると、こうした現代人が罹るうつ病では、約半数の人に何らかの不安障害が前ぶれ的に出現するという。とりわけ小児期、思春期、青年期では、親から離れることに対する強い恐怖感が引き起こす分離不安障害、手洗いがやめられないなどの強迫性障害、過剰不安障害、対人恐怖、パニック障害などが隠れていることが多い。
しかも、この犯人もそうだったが、今の日本では親子関係が疎薄になっている家庭が少なくない。合わせて考えるに、十分に可愛がられて育ったという感覚を持たないこと、両親との早期離別や虐待なども、新型うつ病発症の土壌の一つになっているのではないか。
人は脳が9割方発達する3歳までは「かわいい」「いい子」といわれ続け、スキンシップを受けて育てられないと、円満な人格が形成されない。共働き家庭の事情も理解できるが、保育所が増加している日本では、この時期の乳児とのコミュニケーションの取り方、育児のありようを十分に考慮していくことが必要だ。でなければ、近い将来、円満な人格をもつ人が今以上に少なくなって行くおそれさえある。
薬よりも生活習慣の工夫で治療
新型うつ病の治療は大変難しい。病院で行われる薬物療法は、ほとんどが目先の症状を緩和するだけの対症療法である。最新の新世代抗うつ剤(SSRI)も、欧米論文でいわれているほどは効かない。それよりも大切なのは、生活療法である。まずは日内リズムの調整。家族と同じ時間に寝食を共にするのが大原則である。うつ病患者は憂い、悩みといった考えが常に空転し、心が過重労働となって心身のバランスが崩れているので、汗をかくほどの運動を連日することは薬と同等以上の効果がある。私は毎日、掃除することを勧めている。
そこで掃除の五徳を示すと、(1)部屋が清潔になる、(2)そのことで気持ちが清々してくる、(3)身体を使うため汗がかける、(4)周囲から厄介者扱いされなくなる、(5)過去を悔いず、将来を憂えず、“今に生きる”ことが身につく。
新型うつ病患者の大半は、誰も自分のことを理解していないと嘆く。したがって周囲にいる人は、患者は気まぐれに見えても病気であることをまず認識し、理解して接することが大切である。さらに励ましの言葉も、状況によっては非常に有効である。ただし、言葉に対して過敏であるから、本人を傷つけるような言葉は一切避け、やさしく接することが必要である。いずれにせよ最終的には人格の成熟を促すための、息の長い治療が必要となるだろう。