どうなってる? 日本の病院
つい最近まで、政府は国民やマスコミに対し「日本の医療は高くて無駄が多すぎる」「日本の医師は将来過剰になる」という説明を繰り返してきた。おそらく医療関係者も含めた大多数の国民が、今でもこの政府見解を信じていることだろう。しかし、私のような地域の中核病院、つまり救急患者を受け入れ、がんの治療まで行っているような病院に勤務している医師たちは、もう20年も前から、過剰どころか慢性的な人手不足のため、およそ労働基準法を無視した過酷な環境下で働かされている。当直明けでも連続勤務、前日の朝から32~36時間勤務などは日常茶飯事。やっと帰宅できても、入院患者の容態変化について深夜・休日を問わず病棟から電話があり、その都度対応しなければならない。しかも最近に至っては、例えば外科医であれば、本来の業務のほか麻酔、救急外来、がん治療における緩和ケアまで一人で何役もこなすことが余儀なくされているのだ。この過酷な勤務実態は、民間・公的病院を問わず同様だ。
こうして極度の睡眠不足、肉体疲労に陥っている医師が、患者の命にかかわる診断を行い、手術の執刀までしているのが、今まさに日本の病院で起きている現実なのである。にもかかわらず多くの病院は赤字で、職員の給料は据え置き。まして、医師をサポートする医療秘書などのコメディカルスタッフを増員する経済的余裕なぞまったくない。
医師の偏在といわれるが…
20数年前、先天性胆道閉鎖による肝移植手術のため、患者に付き添って訪れたアメリカの小児病院は、病院の医療スタッフも、医療にかけるお金も驚くほど潤沢だった。今の日本の病院は、当時のアメリカの病院のレベルにさえ、まだ追いついていない。それでも政府が言うように、日本における医療費は高すぎるのか。医師は余っているのだろうか。このままでは医療が崩壊してしまうと感じた私は、NPO法人「医療制度研究会」を通して、全体像を調査してみた。すると驚くべき事実が判明してきた。
現在、日本の常勤医師数は、80歳以上の高齢者を含めてカウントしても、約26万~27万人と推定されている。これを人口1000人あたりの医師数に換算すると、2006年度の全国平均は2.19人で、WHO(世界保健機関)加盟国で63位、OECD(経済協力開発機構)加盟30カ国中ではビリから4番目の27位である。国内で最も医師が集中しているという東京都(1000人あたり2.65人)や京都府(2.72人)でさえ、OECD加盟国平均の3.10人に比べると見劣りがする。
単純計算では、日本の医師数をOECD加盟国の平均なみにするには、最低でもあと14万人が必要。ここに高齢化を考慮すると、不足数は20万人に達する。現状26万~27万人に対して、20万人の不足は痛すぎるなんてものじゃない。
認識不足が医療崩壊に発展
過剰だといいつつ、本当のところは20万人も足りていなかった。このような絶対的な医師不足が、医療現場を混乱させ、数多くの医療事故や急患受け入れ拒否、そして公的病院の縮小まで招いているとしたらどうだろうか。日本では1998年ごろから、手術患者の取り違えや点滴ミス、内視鏡手術の不具合による患者の死亡など、様々な医療事故が報じられるようになった。実はその頃すでに、こうした医療事故の背景には、看護師や専門医、専門スタッフの不足が関係しているのではないか…という疑問の声が私たち医療関係者の間で出ていたのだ。しかし残念ながら、当時は医療現場の窮状が世間に知らされることはなく、事件報道のみ表立って、国民の大半が医療に対する不信感をつのらせてしまった。
為政者の認識不足のため、日本の医療はグローバルスタンダードから大きく立ち遅れ、医療スタッフは過労死や、立ち去り型の職場放棄に追い込まれ、本来であれば最良のパートナーシップをもって病気に立ち向かっていくべき医師と患者との間に、容易ならざる深い溝ができてしまったのである。その意味で「医師過剰」「医師偏在」として日本の医師養成数を抑制し続けてきた、政府の責任は限りなく重いと言わざるを得ない。
次回は、こうした医師不足を招いた経緯について跡づけてみたい。