群発自殺はなぜ起きるのか
ある人物の自殺が生じた後に、複数の自殺が生じる現象を群発自殺と呼び、古今東西にその記録がある。たとえば、ドイツの文豪ゲーテは、『若きウェルテルの悩み』(1774年)を発表した。主人公のウェルテルは、フィアンセのいる女性に恋をしたが、失恋し、結局、銃を用いて自殺してしまう。小説が刊行されるや、ウェルテルと同じ服装をして、銃という同じ方法を用いて自殺する若者がヨーロッパ各国で相次いだため、この本を発禁処分とする国も出たほどである。日本でも、18世紀初頭に近松門左衛門による「曾根崎心中」や「心中天網島」といった一連の心中世話物が流行した後に、心中が多発している。当時の人々も既に連鎖自殺の「伝染」「流行」「模倣」といった側面に気づいていたようであり、心中の流行を伝屍病(でんしびょう=結核のこと)にもじって、「心中伝屍病」とした記録もある。
「ユッコシンドローム」に見る群発自殺
比較的最近の日本の例を見てみよう。とは言っても、すでに20年以上も前の出来事である。1986年4月8日に、アイドル歌手の岡田有希子が、自室で手首を切り、ガス栓を開いて自殺を図った。ガス臭に気づいた近所の人が救急車を呼び、ただちに病院に搬送されたが、手首の傷を縫合され、抗生物質を投与されただけで、精神科医による診察はなかった。
アイドル歌手のスキャンダルの発覚を恐れたのだろうか、マネジャーはすぐに彼女を所属事務所に連れ帰った。しかし、周囲の人々の目が離れたすきに、岡田はビルの屋上に駆け上がり、飛び降り、命を絶った。享年18歳であった。
人気歌手の自殺をマスメディアは大々的に報道した。とくに、テレビのワイドショーはセンセーショナルにこの自殺を報じ、遺体、現場、そこに集まり嘆き悲しむファンの姿を延々と映し出した。そして、その後の2週間で30人近くの自殺が生じた。ほとんどが未成年で、飛び降りという同じ方法を用いて、命を絶った。この現象は、ユッコシンドロームと呼ばれた。
なお、に示すように、この年には未成年者の自殺数は802人を数え、その前後の年と比べて4割も増えてしまった(1985年:557人、1987年:577人)。
拡大再生産される「群発自殺」
若者が群発自殺に巻き込まれる危険が高い、としばしば報告されてきた。思春期や若年成人期では模倣や被暗示性が自殺の重要な要因とされ、高度に情報化した現代社会においては、群発自殺の出現や拡大にマスメディアが果たす役割も無視できない。群発自殺とは、広い意味では、(1)複数の人々が次々と引き続いて自殺していく現象(連鎖自殺)、(2)複数の人々がほぼ同じ時期に同じ場所で自殺する現象(集団自殺)、(3)特定の場所で自殺が多発する現象(自殺名所での自殺)などを指す。なお、狭い意味で(1)の連鎖自殺だけを群発自殺とする研究者もいる。実際にはこの(1)~(3)が重なり合って生じることが多い。
典型的な群発自殺には、そのピークが二つある。発端として、自殺(不審死、自殺未遂、事故死、あるいは殺人の場合もある)が生ずる。その死の事実を知ったり、あるいはうわさや憶測で感づいた友人、同級生、恋人などに、第一波の一連の自殺行動が起きる。
発端者と同様の自殺手段を用いる傾向も強い。発端者との関係が深く、とくに否定的な同一化が強い場合には、突然の死、それも自らの手で死を選んだという事実は、遺された者の悲嘆の過程を困難なものにし、自責感を高め、自殺の危険を増す。
この段階で他の数例の自殺行動が生ずると、それはマスメディアの格好の報道対象となる。高度に情報化された現代社会においては、群発自殺に及ぼすマスメディアの影響は甚大なものである。発端者が影響力の強い人物であるほど、群発自殺の拡大の危険も当然高まってしまう。
つながるチェーンを断ち切ることが大切
初期における一連の自殺行動が、誇張、美化、単純な一般化などを伴って、過剰に報道され、全国的に流布される。そこで、発端者や第一波の群発自殺のエピソードで自殺行動を呈した人々とは直接の交流はないが、同年齢で、同種の問題を抱えた人々の間に第二波の自殺行動が生ずる。潜在的に自殺の危険の高い人にとって、他者の自殺が一種のモデルとなり、病的な同一化を促進する。この種の被暗示性や共感性は、小児や思春期でとくに顕著に認められる。第二波の群発自殺にまで至ると、もはや、小さな地域をはるかに越えた疫病の様相さえ呈してくる。前述したアイドル歌手の自殺の後に起きた大規模な群発自殺はきわめて例外的であるが、地域社会、学校、病院、職場などで起きる小規模な群発自殺はけっしてまれではない。自殺が起きないように全力をつくすことは当然であるが、不幸にして自殺が起きてしまったときには、第二、第三の自殺が起きるのを防ぐことも、重要な自殺予防対策となっている。
自殺大国日本に見る、自殺の男女差
日本の自殺者数の推移を示す。1998年以来、年間自殺者数が3万人を超え、この数は交通事故死者数の約6倍に上る。日本の自殺率は先進国の中でも高く、G8の中ではロシアに次いで第2位である。そして、未遂者は既遂者の少なく見積もっても、10倍は存在すると推定されている。また、自殺未遂や既遂が起きると、その人と強いきずなのあった多くの人が、深刻な心理的打撃を受ける。
このように、自殺は死にゆく3万人の問題にとどまらず、社会全体を巻き込む深刻な問題となっている。現状を直視して、2006年には自殺対策基本法が成立し、自殺予防は社会全体で取り組むべき問題であると宣言された。
うつ病は、自殺に密接に関連するこころの病であることは広く知られているのだが、うつ病の率は女性のほうが男性よりも高い。ところが、自殺率は、男性が女性の約2.5倍になっている。自殺は明らかに男性に多い現象であり、いくつかの例外はあるものの、これは世界的な傾向と言ってよい。
なお、女性でも、管理職、研究者などといった専門職についている人の自殺率は、専業主婦のそれよりも高いという報告もある。女性の社会的進出に伴って、女性の自殺率が男性に接近するという事態も将来生じる可能性がある。
ひとりで悩む男性、だれかに相談しやすい女性
さて、自殺の男女差はどのように説明できるだろうか。これは、(1)生物学的要因、(2)精神医学的要因、(3)社会的要因などから考えることができるだろう。(1)生物学的要因:衝動性をコントロールする能力は明らかに女性のほうが優れている。男性は問題解決場面で、敵対的、衝動的、攻撃的な行動に及ぶ傾向が強い。自殺を図ろうとするときにも、男性は危険度高い手段を取る傾向が強い。
(2)精神医学的要因:アルコール依存症や薬物乱用が合併する率が、女性に比べて男性では高く、これが自殺の危険をさらに高めている。
(3)社会的要因:問題を抱えたときに、女性のほうが他者に相談することに対して抵抗感が少なく、柔軟な態度を取ることができる。「強くなければならない」「他人に弱みを見せてはならない」「問題を独力で解決しなければならない」、といった社会的制約が男性ではあまりにも強いために、問題を抱えたときにだれかに相談するといった態度が取れず、すべてをひとりで抱え込んでしまおうとする傾向が強い。精神科受診に対する抵抗感も一般的に男性に高い。
ユッコシンドローム
「ユッコ症候群」とも言われた。アイドル歌手・岡田有希子の飛び降り自殺(1986年4月8日)に触発され、若者の後追い自殺が相次いだ。有名人の自殺に誘発される自殺現象は、ウェルテル効果(18世紀の名作「若きウェルテルの悩み」から)とも呼ばれている。