衆参両院とも「違憲状態」
2012年10月17日、最高裁判所大法廷は、参議院議員通常選挙における投票価値について、5.00倍の不平等を違憲状態と認める判断を示した。衆議院議員総選挙における2.30倍の不平等を違憲状態と認めた11年3月23日大法廷判決と併せれば、現在の国会は、衆参両院ともに違憲状態にある。にもかかわらず、第46回総選挙は12年12月16日に施行された。国会は国家権力を正当化する源泉である。国民が直接選挙で国会議員を選び、そこで法律が作られ、予算が承認され、内閣総理大臣を指名する。内閣総理大臣は内閣を組織して行政を統括し、内閣は最高裁判所の裁判官を選び、最高裁判所は下級裁判所の裁判官を選ぶ。三権を連結して正当化する源泉こそが国会なのである。その国会が、最高裁によって両院とも違憲とされたままで、解散総選挙が行われたのである。これは代議制民主主義の政治において本来起こり得ない異常事態といわなければならない。
投票価値の不平等はなぜ生まれるのか
投票価値の不平等は、人口移動など選挙区間の人口変動が原因から生まれる。特にわが国では、終戦から高度経済成長へと急激な経済復興を遂げ、産業構造の比重は第1次産業から第2次、第3次産業に移行し、人口は地方から流出して都市に集中した。にもかかわらず、投票価値を人口に比例させるための抜本的な選挙制度改革は行われてこなかった。そのため、投票価値の不平等は、最大で、衆院選が4.99倍(1972年12月施行)、参院選6.59倍(92年7月施行)にまで膨らんだ。その後も、定数配分を変える程度の改正は行われたものの、今日に至るまで1人1票を実現するための根本的な制度改革は行われていない。各国における「1票の格差」問題
参考までに、各国における投票価値の平等状況をみてみよう。アメリカでは、60年の連邦下院選挙区において、投票価値の不平等状態が、テキサス州で4倍、アリゾナ、メリーランド、オハイオの各州で3倍に達していたが、連邦最高裁は64年、ウェズベリー対サンダース事件判決で1人1票に厳格な判断を示した。その後も、69年のカークパトリック対プレイスラー事件判決で、ミズリー州第8選挙区(44万5523人)と同第4選挙区(41万9721人)とに生じた1票対0.942票(1.06倍)の不平等を違憲とされ、83年のカーチャー対ダジェット事件では、ニュージャージー州第4選挙区(52万7472人)と同第6選挙区(52万3798人)との1票対0.993票(1.01倍)の不平等すら違憲とされた。
イギリスでは、2011年に、下院1選挙区あたりの有権者数を「基準人口」の前後5%に収めることになった(12年8月27日付、朝日新聞)。基準人口とは、全体の有権者数を議員数で割った値である。7万7000人が基準人口とすると、1選挙区あたりの人口を約7万3150~8万850人(1.11倍)に抑えることになる。
ドイツ連邦議会(下院)も基準人口の15%を超えないこととし、25%を超えた場合は見直しを義務付ける(前掲・朝日新聞)。
たしかに、こうして倍率だけを比較してみると、日本における投票価値の不平等は著しい。しかし、政治体制や選挙制度は国により様々であり、その背景にはそれぞれの歴史的・文化的な背景がある。同じ単純小選挙区制でも、人口比例原則を憲法に明示するアメリカ(合衆国憲法1条2節3項)と、不文憲法のイギリスとは異なりうる。ドイツ連邦議会は小選挙区比例代表併用制を採用しており、「格差」について単純小選挙区制のそれとは別の評価も可能である。
日本は、これらと異なる中央集権型の国家であり、選挙区制も、衆議院では小選挙区比例代表並立制、参議院では大選挙区制と比例代表制を組み合わせた形である。そうだとすると、各国との比較は参考程度にみておいたほうがよい。
「1票の格差」をどのように是正したのか
より重要なのは、各国が不平等の是正にどう対処しているかである。アメリカでは、10年ごとの国勢調査結果に基づいて、人口変動に応じた議員定数再配分と選挙区画の再編成が行われる。この作業は、各州の州議会が主体となり、その手続きは基本的に州法制定手続きと同じである。すなわち、議会内に設置された作業グループが、公開ヒアリングや関係者の意見聴取を行いながら原案を作成し、それを州上下両院で審議後、知事が署名して成立する。ただ、再配分・再編成の問題は、議員、候補者、政党、各種団体の利害が深くかかわるため、しばしば紛糾する事態を引き起こし、党利党略による恣意的で不公正な選挙区割りが行われている。このような区割りをゲリマンダリングという。
この点、イギリスでは、選挙区画委員会という中立的第三者機関がその作業を行う。たしかに第三者機関とはいえ、基本的には勧告機関であり、強制権限はなく、無条件にその案が受け入れられるわけではない。しかし選挙区画委員会は、再編成の基準として投票価値の平等を掲げつつも、地方公聴会などで異論が出れば、平等よりも当事者たちの了解が得られるような決着を目指すといわれる。投票価値の平等を追求して混乱を招いたアメリカに比べ、選挙区画委員会による運用は「完全ではないが、よりましな制度」と指摘されている。
あまりにも動きの鈍い日本の状況
日本はどうか。衆議院では選挙区画定審議会が、不平等状態を2倍以内にすることを目指しているが達成できていない。しかしそもそも「2倍以内」という基準は、住所によって選挙権を半人前に差別することを認める点で支持できない。この不平等の最大の原因が、都道府県にまず1議席を配分する1人別枠方式にあることは、先の11年最高裁大法廷判決でも明示された。国会では、1人別枠方式に手をつけず、0増5減法案のみを可決して解散したため、第46回総選挙は違憲状態のまま行われた。これでは裁判所が、国会は不平等状態の是正に向けて努力している、と評価しないだろう。参議院では改革協議会とその下部組織が議論を重ねているが、是正は衆議院より遅れている。先の12年判決は、不平等状態の原因が都道府県単位の選挙区割りにあると明示したが、選挙区割りにメスを入れる国会の動きは鈍い。
両院ともに違憲状態にあるとされたのに、与野党ともに是正に向けた動きはあまりにも遅い。この現状を打破し、「憲法の番人」としての役割を果たす責任が最高裁判所にはある。最高裁判所が従来と異なり、選挙無効の判断を示す可能性は高まったといえる。
参考文献:『小選挙区制と区割り』(森脇俊雅著、1998年、芦書房)
ゲリマンダリング
特定の党や候補者に有利になるように、不自然な選挙区を恣意的に設定すること。19世紀初頭にアメリカ・マサチューセッツ州のゲリー知事が自派に有利になるように設定し、いびつになった州上院の選挙区の形が、伝説の動物「サラマンダー」に似ていたことに由来する。