貧困化する若い世代
これまで、年金で悠々自適に暮らしていると思われていた高齢者が実は貧困に陥っているという現実は、筆者も『下流老人』に書きましたが、テレビや雑誌などでも広く取り上げられ、認知されつつあります。しかし、私たち社会福祉士の所を訪れるのは、高齢者だけではありません。20~30代の若い世代の相談も決して少なくはなく、中でも働いているのに賃金が生活保護の水準にも満たないような、いわゆるワーキングプアが目立ちます。例えば、20代後半の非正規雇用の男性は、同じ非正規雇用の女性と結婚し、子どもを一人もうけました。彼の月収は14~17万円ほどです。二人で働けば何とかなるねと言っていたのですが、ある日、奥さんが病気で働けなくなってしまいました。子どもはまだ3歳くらいなのに、収入はいきなり半分です。ボーナスも少ない。賃貸アパートに暮らしているので、収入の半分は家賃に消えてしまいます。私が運営しているNPO法人・ほっとプラスに相談に来られた時には、既に貯金も使い果たした状態でした。「おむつも買えません。子どもをどこかに預けられませんか」という切羽詰まった相談でした。
また、問題を抱えているのは、非正規雇用の人だけではありません。正社員であっても例外ではありません。IT企業で正社員として勤める30代前半の男性の例もあります。プログラマーで年収は300万円程度。独身ですから普通の暮らしができていましたが、月に140時間を超えるような残業、長時間労働が続き、とうとううつ病になってしまった。また、それだけ働いても残業代は固定で決められていたので、20時間くらいまでの残業代しか出なかったそうです。相談に来られた時は、既に仕事を辞めていました。預貯金は少しあったのですが、生活費のほか病気治療の費用もかかるので、蓄えは減る一方です。この先、どうやって生きていったらいいのか、どん底の状態でした。
社会福祉士としての支援
社会福祉士は、生活に何らかの不安や問題を抱えている人――「クライエント」と私たちは呼んでいますが――の話を聞いて、その問題解決に一緒に取り組むという専門職です。スクールソーシャルワーカーといって学校に配属されている社会福祉士もいますし、一般的には役所とか社会福祉協議会、老人ホーム、障がい者施設などで勤務しています。私の場合は、独立してほっとプラスを立ち上げました。特に生活困窮者の相談窓口として、さまざまな支援活動を行っています。まず、相談者に事前面接して状況を聞き、どんな支援が必要なのかを一緒に考えます。今、預貯金はどれくらいありますか、病院には通えていますか、などと聞きながら、病院に行けていないということであれば付き添いますし、お金がないということであれば生活保護の申請を手伝います。状況によっては弁護士や司法書士とも連携して解決に当たります。
先の非正規雇用の20代男性の場合、もう養育できる余裕がないという話でしたが、何とか家族で暮らせる方法を考えましょうと伝えました。まず、生活保護申請です。男性の所得だけでは足りないので、不足分の3万円くらいを生活保護で出してもらいました。また、奥さんの病気についても申請して医療費を控除してもらっています。住まいも少し安い所に移り、生活を立て直しているところです。
プログラマーの30代男性は、預貯金を使い果たしてしまえば生活保護しか手立てがなかったのですが、残業時間が膨大だったので、勤めていた先に残業代を請求しました。既に会社は辞めていましたが、タイムカードを企業側に提出してもらい、その時間を根拠にしました。2年で時効になってしまうので2年分ですが、8割方の200万円くらいを支払ってもらいました。それとまだ結果は出ていませんが、労災申請も並行して行っています。
こうした人たちの相談を受けていて思うのは、日本の救貧制度について知らない人が多いことです。例えば生活保護は、年金をもらっていても、場合によっては家や車を持っていても受けることができます。お金がなくても病院を受診できる制度や住宅支援、教育支援の制度もあります。また、一つの相談窓口で断られても、別の機関に相談することで解決策が見つかることもあります。最悪の状態になる前に立て直すことも可能なのです。
どうしたら貧困化を防げるのか――救貧から防貧へ
ここに挙げた人たちは、決して特殊な例ではありません。日本の非正規雇用は年々増加しています。厚生労働省の調査によると、2014年時点ではパートやアルバイトも含めると1962万人に上り、特に35歳以上の組織の中核を担う人たちの数が増えています。雇用は安定せず、賃金は低く抑えられ、社会保障制度も適用されないなどの課題が置き去りのまま拡大していけば、貧困に陥る人が増加するのは自明の理です。また、社会保障が用意されている正社員の場合も、賃金が上がらないという面では同様です。例えば、13年の日本の全世帯の1年間の平均所得は528.9万円、中央値は415万円です。中央値とは、データを低い順番に並べてちょうど真ん中にくる値です。しかし、最も数が多いのは更に低い200~300万円。300万円代以下が全体の40%を超えています。
この額は年々下がってきており、この先、最低賃金は上げられたとしても、余程の経済成長がない限り、平均値を上げることはできません。上がる見込みのない年収で家賃もしくは住宅ローンを払い、結婚し、子どもを育てていかなければならないのが今の日本の現実なのです。
現在は定職に就き預貯金がある場合でも、この先が保証されているわけではありません。終身雇用制度は既に崩壊しており、誰もが将来設計を立てにくい状況にあります。ノルマが厳しい、人間関係がうまくいかないなどといった理由から仕事が続けられなくなったり、自分の生活に問題はなくても、親が倒れた、会社が倒産したなど、外的要因で簡単に貧困に陥る可能性は誰にでもあります。これは実際にあった相談ですが、84歳の女性で「80歳で死ぬと思っていた」と言うのです。80歳までは生きるだろうという目算で蓄えていた預貯金を切り崩して生活してきたのに、80歳を過ぎても死なない。預貯金は底を突いてしまったのにまだ死なない。いつになったら死ぬんだろう。これからの生活はどうしたらいいのか、という話でした。これは笑い話にも聞こえてしまうかもしれませんが、現実です。
メディアに出て貧困の現状の話をすると、「なんで預金や貯金をしておかなかったんだ」とか「計画性がないんじゃないか」みたいなバッシングをされますが、84歳の女性のような例は結構多いのです。将来の計画を立て、預貯金をしっかり準備していてもこうした状況になってしまう。これを非難できるでしょうか。
そもそも資本主義経済は、格差を生むのが前提です。その格差を是正するための仕組みが社会保障や社会福祉の制度であり、経済成長と社会保障の充実は両輪である必要があります。経済成長で受けた恩恵は社会保障に還元しなければなりません。それを日本は、ある時期から社会保障を削減する方向にかじを切ってしまいました。これでは格差が広がるのは当然です。
こうした状況を打開するには、税の再配分機能の強化が急務です。所得税の累進課税強化によって富裕層の税負担を増やし、それを教育の無償化や家賃の安い公営住宅の拡充などに当てるのです。たとえば、フランスやオランダなどでは、月収が12~13万円くらいの場合、家賃が無償、または5000円程度の安さで借りられるようになっています。
日本の場合も現在のような個人の努力(所得)に頼るだけでなく、住宅や教育など、人が生きていく上で最低限かつ基本的に必要なものを保障する社会システムに組み替えていく必要があります。貧困に陥ってしまった時の救貧制度としての生活保護だけでなく、貧困に陥らないための防貧制度の確立が必要なのです。