2017年12月、厚生労働省は生活保護基準の5%引き下げを発表しました。この決定に多くの社会保障の専門家や弁護士などが反対し、撤回を求めています。貧困問題に取り組んでいるソーシャルワーカーの藤田孝典氏に、今回の改定の問題点を聞きました。
なぜ生活保護基準の引き下げは問題なのか
生活保護基準とは、生きていく上での最低限必要な生活費の水準を指します。生活保護費のうち、食費や衣服費など日々の生活に必要な生活費を「生活扶助」といい、5年ごとに見直しがされています。2017年、その生活扶助の見直しが行われ、同年12月、最大5%の引き下げが決まりました。
生活保護世帯は、2017年10月時点で約164万世帯、延べ人数で約212万人になります。生活保護基準の引き下げは、この212万人だけの小さな問題だと思われがちですが、実は、生活保護を受けていなくても、所得が少なくなった場合に利用できる制度はたくさんあり、その多くの受給要件が生活保護基準をもとに決められています。
自治体によって異なりますが、例えば、小学校や中学校への就学援助を受けられる世帯は、所得水準が生活保護基準の1.3倍以下などと決められています。つまり、生活保護基準が引き下げられれば、就学援助が受けられる所得水準も引き下げられ、これまで受けていた就学援助を受けられなくなる世帯が出てくるのです。
また、住民税の非課税基準も同様に下がるため、今まで課税されなかった人が課税されることにもなります。加えて、保育料や医療費、介護保険料などの非課税世帯に対する優遇措置も対象から外れるので、さらに負担は増えることになります。
今回の生活保護基準の見直しで影響が出るとされる制度は国だけで30以上あり、各自治体の独自制度を含めると数はさらに増えます。
このように、生活保護基準の見直しは、生活保護世帯に対する影響はもちろんですが、関連制度利用者への影響の大きさに注意すべきです。これによって生活に影響が出る人は、生活保護受給者を含めて、約3000万人にも及ぶと言われています。生活保護基準を下げることは、支援の対象者を減らすことであり、生活が苦しくても法的には困窮者とは認められなくなることを意味します。
今回の改正によって、額面で160億円ほどの財源が浮くと試算されていますが、関連する制度の引き下げ分も加えると、さらにその10~20倍になるのではないかと言われています。まさに、政府の狙いは、対象者の少ない生活保護基準を引き下げることで関連制度の基準も引き下げ、社会保障費全体を削ることなのです。
影響は最低賃金にも
また、所得の高低に関係なく影響が出る制度があります。「最低賃金」です。生活保護基準は最低賃金とも連動しており、双方の整合性が常に問われています。近年、最低賃金は政策によって上がる傾向にありますが、生活保護基準が下がれば今後は上がりにくくなるかもしれません。また、最低賃金は時間給のパートやアルバイトだけではなく、月給をもらっている社員にも関係します。時間給に換算して月額給与に適用されるので、給与も上がりにくくなるでしょう。決して、生活保護世帯だけの問題ではないのです。
2012年以降、緩やかに景気は回復していると言われていますが、実感がない人の方が多いのではないでしょうか。実際、生活保護基準以下またはそれよりも少し上という低所得層の増加傾向は変わらず、さらに拡大を続けています。15年の1年の所得が200万円以下の世帯は19.6%、300万円以下の世帯は33.3%で、平均所得(545万8000円)を下回る世帯が全世帯の60%以上にのぼります(厚生労働省「平成28年度 国民生活基礎調査」より)。シングルマザーや高齢者世帯、非正規雇用の若者など、働いていても収入が生活保護レベルを超えない世帯は年々増加しており、かなり厚い低所得者層が形成されているのです。
12年に起きた生活保護バッシングを覚えているでしょうか。
長引く不況から、生活保護費より低い生活費で暮らしている人たちが多く存在することが明るみに出ました。政府はこれを改善することはせずに、逆にこれまでにない大幅な生活保護費の削減を実施し、15年までに生活扶助費が最大で10%削減されました。
それまで、一般世帯や収入下位20%の一般世帯、生活保護世帯のそれぞれの消費額と比較して決められていた生活扶助費の額の算定方法を、下位10%の低所得者層との比較に変更したのがこのときです。これによって出した数字を根拠に10%の削減が決められたのです。当時も、生活保護基準以下の低所得世帯の消費額と比較することの意味が大きく問われ、これを違法として国を訴える裁判が現在でも全国各地で行われています。
そして、今回、さらに追い打ちをかける生活扶助費5%の引き下げです。これがどのような結果をもたらすのかは明らかではないでしょうか。
はじめに、生活保護基準とは、生きていく上での最低限必要な生活費の水準だと言いました。それは、「ぎりぎり死なない程度に食事が取れればいい」という意味ではありません。憲法25条で保障しているのは、「健康で文化的な最低限度の生活」ができる水準です。誰かとたまには映画を観たり、外食したりできる暮らしです。「生活保護費は高いから下げろ。最低賃金を上げろ」という主張は矛盾しており、結果的に自分の首を絞めていくことになるのです。
本当に怖いのは東京オリンピック閉幕後だ
2020年8月開催の東京オリンピックを前に、日本は建設業を中心に好景気が続いています。また、12年に始まった景気拡大は、高度成長期の「いざなぎ景気」を超えたとも言われています。一方で、東京オリンピック閉幕後の雇用悪化や景気落ち込みが今から話題になっています。これはオリンピック特需が終わるからですが、さらに懸念されるのは、21年までに実施される各種財政維持のための引き締め対策です。
生活保護基準の引き下げを含めて、今後、次の4つが実施されます。
(1)年金改革法によるキャリーオーバー制の導入(2018年4月~)
16年12月に成立した年金改革法では、年金給付の水準を調整する「マクロ経済スライド」方式の見直しが決まりました。これまでは、賃金や物価の上昇が小さく、スライド調整率を適用すると前年度の年金額を下回ってしまう場合、下回った分のスライド調整率は適用されず、年金額が下がらないように調整されてきました。
しかし、18年4月以降は、前年度の年金額を下回る分のスライド調整率は、これまで通り適用はされませんが、持ち越されることになり、賃金や物価が大きく上昇したときに、その年のスライド調整率に加えて改定率を決めるキャリーオーバー制が導入されます。これによって、景気が大きく上昇しても年金支給額はこれまでのようには上がらず、低く抑えられることになります。
(2)生活保護基準を最大で5%引き下げ(2018年10月~)
今回の生活保護基準の引き下げは、すぐに実施されるわけではありません。18年10月から3年をかけて段階的に行われ、最終的に20年に最大で5%が引き下げられます。生活保護世帯の約67%が減額される想定ですが、オリンピックの年が最も厳しくなります。
(3)消費税率が10%に(2019年10月~)
19年10月に消費税率が10%に引き上げられます。
「最低賃金」
雇う側が労働者に支払わなければならない賃金の最低額。働くすべての人に保証されている。金額は都道府県ごとに異なり、最低賃金審議委員会によって毎年改定される。
マクロ経済スライド
賃金や物価が上昇したときの年金支給額を抑制するしくみ。実際の伸び率からスライド調整率を引いた分で支給額を計算する。例えば、賃金(物価)の上昇率が1.5%でスライド調整率が0.9%の場合、年金額の改定率は0.6%になる。
スライド調整率
「公的年金全体の被保険者の減少率の実績」+「平均余命の伸びを勘案した一定率(0.3%)」で計算される。2017年のスライド調整率は0.5%だったが、物価・賃金共に下落したため、適用されていない。